真昼の月 14

「ちゃんと説明するとね。藤枝って、ものすごくあれで真面目なの」

聞いている大祐は、それはまあ、確かに、と聞きながら呟く。
フェアに大祐に向かってきた藤枝のことを、大祐もわかっている。

「報道のキャスターをやるときも、上手くできなくてものすごく悔しがってて、自分にめちゃくちゃ腹立てて。チャラいって周りには思われてても、すごくプライドが高くて自分ができるって自信持って言えるまでは、ああやって自分も誤魔化してるのよ」

リカの耳にも時々、藤枝を批判する声は聞こえてきていた。些末な嫌がらせがあることも全部ではないが、知らないわけではない。
だが、プライドの高い藤枝のことだけに、触れるに触れられなかった。

再び肩で電話を挟んだリカは、炊飯ジャーの中のご飯をラップに乗せていく。

「彼女たちが多いのも、そういうところを誤魔化してるのの一つだったんだと思う」

さすがにそれはリカがいたからだとは言いかねたが、半信半疑でそうなのかなあと呟く。
大祐にとっては、彼女というより、人当たりがいいだけで、それも藤枝の仮面の一つだったのではと思う。そう思うにつけ、恋愛話に疎いリカがこんなにも興奮していることが疑わしい気もする。

「でね!」
『はい、うん』
「西村さんは、藤枝の中でありえないと思ってるはずの条件が全部揃ってる人なの。だから絶対、藤枝の意識に入ってなかった人だと思うんだ。今日の藤枝見てたらなんか、女の勘なんだけど」
『その人のことを藤枝さんが気になったんじゃないかってこと?』

目の前にご飯を広げながら、んー、とリカが唸る。
きっと見ていたリカにしかわからないのだろうが、DVDを見ていたあの瞬間、藤枝の表情がゆっくりと変わったのだ。

「うまく言えないんだけど……。なんていうのかな」
『恋に落ちた瞬間?』
「そう!そんな感じ!……あっち!」

何やってるの、と呆れた大祐の呟きを聞きながら、リカはようやく通じたんだもん、と言い返す。
中には何もいれず、さっと塩を振っただけで握り始める。恋バナと食欲は結びつかないよ、とぼやくリカに電話の向こうの大祐が笑い出した。

『にしても、藤枝さんの話にそんなにテンションあがるんだ?』
「それは……。私だって、散々、いろんなことで助けてもらったりしてるし。ねぇ?」
『いろんななの?』
「それは……。色々あるのよっ。……その……、話を聞いてもらったりして」

そこは大祐に会えなかった時に、色々励ましてもらったり背中を押してもらったなんてなかなか言い難い。急に歯切れが悪くなったリカを問い詰めるのはまた会った時にすることにして、藤枝の話には大祐も気になる。

リカから聞いていると相手のことはわからないが、藤枝の恋愛となるとざわついてしまうのは大祐も同じだ。

『じゃあ、それはまた今度聞くとして。藤枝さんの恋愛話は正直、俺も気になるかも』
「でしょ!?すっごく、すっごく、上手くいくといいなぁって」
『うん。それは俺も同感。しばらくそっとしておいて、しばらくしたら藤枝さんと飲みに行きたいね』
「大祐さん、ぜったいからかうでしょ?」
『俺はしないよ。リカこそ、そっとしておいてあげなよ?』

散々弄られもしたが、そのおかげで今の二人がある。今まで見守ってくれていた藤枝の恋とくればどこまで放っておけるだろうか。
結局、握ったものはそのまま皿に乗せてキッチンに置いたまま、コーヒーの入ったカップだけを持ってソファのところに戻る。

『しばらく、忙しくて会えないって言ったんだけど、次に行ったら絶対、それみせてね』
「もちろん。絶対みてね。早く会えるといいんだけど。会いに行くのは本当に駄目なの?」
『絶対ダメ。俺が駄目だから』
「俺が駄目ってひどくない?」

その言い方が、まるでリカを一人で放っておくと大変だとでも言いそうな大祐に不満を言うと、違うよ、と返された。

『俺がリカがいたら仕事に行けなくなるからだよ。忙しければ忙しいほどリカが帰ってきてくれてるのに、と思ったら』

―― ベッドからでられないじゃん

「なっ!何言って……」
『だから駄目。落ち着いたら絶対俺が行くから』

いくら休憩時間とはいえ、職場でこんなことを言うなんてと慌てるリカに大丈夫だよと笑っていた大祐が話をしている最中にがさがさっと音がして、話が途切れた。

「大祐さん?」

何事かと思っていたリカにはわからなかったが、やはり職場は職場。周りで様子を伺っていた隊員たちに、寄ってたかってもみくちゃにされたらしい。
わぁ!という声と共に切れた電話に耳元から携帯を離したリカは、またしょうもないことを……と呟いて充電器につなぐ。

今頃、藤枝は自分の気持ちに自覚しただろうか。
あの藤枝が今どうしているかと思うだけで笑みが浮かぶ。

―― うまく言ったら教えてくれるかな?

リカもそうだった。ありえないと何度も思っても、惹かれていく想いには逆らえない。
藤枝の切なさも含めて、寄り添ってくれればいい。真昼の月のように。

―― end

投稿者 kogetsu

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