Anniversary 3

夕食を終えてソファにクッションを抱えて丸くなったリカを、手前の床に座った大祐が見上げた。

「リーカ」

少し拗ねた顔のリカがクッション越しに大祐をみると、悪戯っぽい顔で見上げてきた大祐が肘をつく。

「リカは、記念日って気にするの?」
「そんなに気にするわけじゃないけど……。でも、やっぱり普通はお祝いするものみたいだし」
「うん。じゃあさ。全部、記念日ってことにしようよ。プロポーズ記念日、入籍記念日、結婚式記念日っていうのでどう?」

ん?と首を傾げた大祐を見て、リカは光が入って茶色になった大祐の目を見る。

「それ、変じゃない?」
「そう?でも、俺もあんまりそれがいつって気にしない方だからなぁ。それよりも、あの時、って日付じゃなくて、その時を覚えてるからいいかなって思うけど」
「……それでいいのかしら」
「俺はいいんだけど、リカは駄目?その日じゃないと駄目なの?」

そう言われてしまえばそれまでだが、何となく落ち着かない。記念日と言うのが二人にとっての意味のある日でないと、世間一般の結婚記念日とこれだけ大きくかけ離れている意味を自分でも納得できない気がしていた。
納得のいかなそうなリカの顔を見ていた大祐は、リカの膝の上でその手を握る。

「じゃあ、俺が結婚記念日を決めていい?」
「いつ?」

それが納得できるのであれば、正直、いつでもいい気さえしてきたリカが問いかけると、大祐はまっすぐにリカを見つめ返した。

「6月11日」
「……え、と。入籍したのは6月1日でしょ?11日って……」

何の日だっただろう。頭の中で色々と思い浮かべたリカは、どうしてもこれというものが思い浮かばなくて、リカが思い出すのを待っていた大祐の顔を見て、小さく首を振った。

「降参です。何の日?」

ふっと笑みを浮かべた大祐の顔が、ひどく優しくて胸に刺さる。

「覚えてなくていいんだ。俺が、忘れちゃいけないと思ってるだけだから」
「どういうこと?」

意味が分からなくて問いかけたリカに、大祐は何も言わず首を振った。説明するようなことではない。
ただ、自分が覚えていればいいから。

そう言った大祐に、はっと顔を上げたリカは大祐の手を離して立ち上がるとクローゼットをあけた。その奥にひっそりと、大事にしまいこんでいるブルーの小さな箱を開けると中から取り出したのはあの携帯だった。
時々、大祐のいない間に充電していたそれの電源を入れると、大祐を振り返る。

「大祐さん……」
「わかっちゃったか。俺が……」
「……メールをくれた日」
「そう。俺が忘れちゃいけない日だから」

あの日。あのメールを受け取った時のことを今でも時々、思い出す。
意味は分かるし、別れのメールなのだとわかっていても、どこか、腑に落ちなかった。どうしてだろう。この人はどうして触れそうだった私の手を離すんだろうと何度も考えた。

そして、結局、2年忘れようとしても忘れられないことも十分に身に染みて、そして、心の中で幸せを願って、生きていこうと思った日。

「前に話してくれたでしょ?1年たって、忘れようと思ったけど、忘れることなんてできなかったって」
「……だって、きっと大祐さんにはもうとっくに素敵な彼女でもできてるだろうなって思ってたから、自分だけがいつまでも未練がましいみたいだなって思ってたんですもん」

大祐のような人なら、放っておいても女性の方が捨てては置かないだろうと思っていたのだ。
だから、1年たったその日、携帯をスマホに切り替えたものの、それ自体は手放せないまま、胸に誓った。

大祐からのメールのように、幸せでいてくれることを願って生きようと。

ひっどいなぁ、と思いきり破顔した大祐は立ち上がってリカの傍に立つと、包み込むようにリカを抱きしめる。

「俺の方こそ、『稲葉さん』の周りにはいい男もいっぱいいて、とっくに彼氏でも見つけてると思ったけどね。でも、リカが忘れられないと思ってくれて、俺の幸せを願ってくれた日だから」

それを聞いているうちに、当時の感情が思い起こされて、涙が浮かびそうになる。目を閉じたりかを肩で受け止めた大祐はその柔らかな髪を何度も撫でた。

「俺がリカを傷つけて、俺の知らないところでリカが俺を想ってくれていた日だから、記念日にしたらただでさえ、忘れない日だからいいかなと思ったんだ」

―― うん……

声を出せば、泣いてしまいそうだったから頷いたリカに大祐が笑う。
最近じゃ、リカの方が泣き虫だとよく言われる。

「泣かないで。別にいいんだよ?俺がただ……」
「違う……。違うの。いいの。大祐さんがいいなら、私はその日が結婚記念日でもいいの」
「馬鹿だなぁ。リカが泣くところじゃないよ?」

ん。わかってる。
本来ならそう答えるところなのに、一息に広がった感情に涙がこらえきれない。

「まだ、これからもリカを泣かせる日があるのかもしれないし、ないかもしれない。でも、それでも俺にとってはこの日から始まったっていう日だからね」

リカが、自分を忘れずにいてくれた日でもある。
肩に顔を埋めて隠してしまったリカが何度も頷いた。

「じゃあ、リカがいいならそうしよう?それで、毎年、その日は面白おかしくすごしてさ。そうやって毎年、毎日、一緒にいて思い出を作っていこう」

肩を震わせて、それでも律儀にリカが頷いていると、大祐はリカの手を取って昔の携帯を閉じ。

―― 大丈夫。もう離れないからね

――― End

投稿者 kogetsu

「Anniversary 3」に8件のコメントがあります
  1. あのメールは、本当辛かったでしょうね。送った空井自身も色んな思い抱えていて、もちろん後悔する事もあったろうし…その日を一緒にすごし楽しい思い出で上書きしていく事で、幸せが増えて行くんですね。今回も、素敵なお話ありがとうございました

    1. mikuko様
      よかった!
      また賛否あるお話になったかなあとおもって、朝起きてから落とそうかとおもってました。
      上書きしたかったんです!そう!

      悲しい事も思い出す日だから、ないよと思われるかもとも思ったんですが、空井さんの覚悟かなあと。

      ありがとうございました。よかったです。

  2. こんにちは
    ご無沙汰しております
    時々お邪魔しておりましたが、今回サイトがとても見やすくなっていました
    お話の続きを読んだり、前に遡って読みたい時にとても往きやすくなりました
    でも・・・やはり賛否のある話~の下りを読んで、あのお話の時に随分辛口コメントを書いてしまったことが狐様には・・・あの時、どんな意見も有難いと言ってくださったことに胡坐をかいてしまったのでは・・・と気になりながらコメントしています
    あの作品の大祐をかなり批判した私がこんなことを書くのも変なのですが・・・
    狐様が書きたいと思われるものを、自分のサイトで書き続けるのに読み手の意見をを気にしないで、書きたいように書いていただきたいです 
    そのお話の道筋や結果がどうであれ、ここまでたどり着いてる読み手は多分ついていくと思われます
    あの作品の後に頂いてメッセで、納得のいかない話に最後まで付き合って頂いて有難うと書いてくださってた時も、私自身が好きで読ませてもらって批判までしてしまったのに、こんなに丁寧なメッセをいただいてもよいのかと思ってました
    ってごちゃごちゃ長くなりました
    これからも時々お邪魔させて頂きたいと思ってます 
    どうぞよろしくお願いします 
     

    1. 星樹様

      こんばんは~。ご無沙汰しております。
      サイト、見やすくなってよかったです。やっぱりテキストが読みやすいのを一番にシンプルベスト!って変えてみました。

      で、コメントですが。
      本当にどんな意見もありがたいですよ。本当です。
      うまく言えないんですが、一人の頭の中だけで完結ってすごく独りよがりな気がするんです。誰にも伝えられないお話は、やっぱり何かが駄目なんです。共感できない、納得できなくても、何かが伝わればいいと思うんですが、それもないもの、不快さだけが残るものはやはり教えていただけないと何も先に進まなくなってしまうと思ってるんです。
      だから、あの時皆さんが大祐のことを理解できなくて、言い訳が多い、と感じたことは事実だと思うんですね。
      私は私の身近にいる男性陣に話を聞きつつ、両方気持ちは中立でお話を書きました。

      逆に、私はコメントいただいたリカ寄りの見方だったり、大祐よりの見方がよくわからなくて、ものすごく勉強になったコメントがすごく多かったです。面白くないな、と思われた方も、こんなの駄目です、ってコメントくださった方もどなたも、最後まで納得ができないお話にコメントまで残してもらって本当にありがたかったんです。気にもしましたが、やっぱりありがとう、が出てくるんですよ。

      書きたいものを書く、はありだと思うんですが、私はそれだけじゃ嫌なんです(笑)我儘ですね。
      読んでくださった方に届くお話を書きたいなと、二次だとしても二次じゃなくなったとしてもそう思っているので、ぜひまた、
      おかしなところがあったらご指摘くださいませ。

      パトロンのように(笑)叩いて、育てていただけると嬉しいです。おまちしてます!!

  3. 星樹様

    こんばんは~。ご無沙汰しております。
    サイト、見やすくなってよかったです。やっぱりテキストが読みやすいのを一番にシンプルベスト!って変えてみました。

    で、コメントですが。
    本当にどんな意見もありがたいですよ。本当です。
    うまく言えないんですが、一人の頭の中だけで完結ってすごく独りよがりな気がするんです。誰にも伝えられないお話は、やっぱり何かが駄目なんです。共感できない、納得できなくても、何かが伝わればいいと思うんですが、それもないもの、不快さだけが残るものはやはり教えていただけないと何も先に進まなくなってしまうと思ってるんです。
    だから、あの時皆さんが大祐のことを理解できなくて、言い訳が多い、と感じたことは事実だと思うんですね。
    私は私の身近にいる男性陣に話を聞きつつ、両方気持ちは中立でお話を書きました。

    逆に、私はコメントいただいたリカ寄りの見方だったり、大祐よりの見方がよくわからなくて、ものすごく勉強になったコメントがすごく多かったです。面白くないな、と思われた方も、こんなの駄目です、ってコメントくださった方もどなたも、最後まで納得ができないお話にコメントまで残してもらって本当にありがたかったんです。気にもしましたが、やっぱりありがとう、が出てくるんですよ。

    書きたいものを書く、はありだと思うんですが、私はそれだけじゃ嫌なんです(笑)我儘ですね。
    読んでくださった方に届くお話を書きたいなと、二次だとしても二次じゃなくなったとしてもそう思っているので、ぜひまた、
    おかしなところがあったらご指摘くださいませ。

    パトロンのように(笑)叩いて、育てていただけると嬉しいです。おまちしてます!!

  4. あのメールを送った日を記念日にしよう、と考えた大祐さん。凄い覚悟ですよね。
    リカちゃんのことが大好きで愛しくて堪らない想いが駄々漏れ…可愛いワンコみたいな一面を持つ大祐さんですが、決める時は決めてくれる所が素敵です(*^^*)

    狐さんのお話の中に時々出てくるのですが、大祐さんがリカちゃんに優しく語りかけるような『リーカ』という呼び方が大好きです(^^)

    1. くう様
      ありがとうございます。
      どうするだろうって思ったんですが、大祐さんには覚悟があるのでそこに行きました。すべてを背負って、抱えていく覚悟ですよね。
      リカさんは一緒に抱えてくれそうだし。

      ということでまたぜひ。

  5. あのメールを送った日を記念日にしよう、と考えた大祐さん。凄い覚悟ですよね。
    リカちゃんのことが大好きで愛しくて堪らない想いが駄々漏れ…可愛いワンコみたいな一面を持つ大祐さんですが、決める時は決めてくれる所が素敵です(*^^*)

    狐さんのお話の中に時々出てくるのですが、大祐さんがリカちゃんに優しく語りかけるような『リーカ』という呼び方が大好きです(^^)

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