「はいはい。じゃあ、ここでワタクシ!不肖、鷺坂主催の緊急座談会をお届けしたいなと」
恒例の指ぱっちんを加えて鷺坂の挨拶でその場にいた男達が一斉に頷く。
「室長!ここはやはり恋愛を語らせたら俺!片山にお任せを!」
「お前に任せたらふられ話で終っちゃうじゃないの」
勢いよく手を挙げた片山をあっさりといなして鷺坂が感慨深げに腕を組んで頷いた。
「しかし。あの空井がよくぞここまで!お父さんは息子の成長が嬉しいッ!」
「本当ですねぇ。このまま稲葉さんと別れる気なのかと周りがハラハラしましたからねぇ」
2年も気をもみ続けた周りももう駄目かと諦めかけた。
ほとんど父親気分なのは既婚者二名である。相変わらず鷹揚とした笑みで、枝豆を口にくわえた比嘉の代弁に周囲が頷く。
「ほんとにね。見守る方も大変なのよっ」
あれをして、これをして、と指を折る鷺坂に、比嘉がわざとらしくそんなことも?!、ええ?!と、いちいち驚いて見せる。
ふてくされた顔の片山がビールジョッキを撫でまわしながら、じとーっと睨みつけていた。
「あいつは生意気だっ!」
「はぁ?片山さん、いきなり何を言ってるんですか」
比嘉が呆れた声を上げて片山を大人しくさせようとするが、結局は無駄な努力に終わる。拳を握りしめて片山が声を張り上げた。
「だいたい!告白していきなり家に連れ込むか?ありえねぇだろ。空井のくせに!」
「あのねぇ。片山さんなら告白する前に連れ込んじゃうでしょ」
「当ったり前だのクラッカーってんだ。そりゃ、俺様にかかれば皆イチコロよっ」
はいはい、と頷いた面々は、イチコロは自分の方だろうとあっさり流してしまう。
いくつか房の付いた枝豆の枝を振り回した鷺坂が、そういえば、と流れを変えた。
「槇と柚木のところはね、安心してられたけどねぇ」
「そうですね。あれは槇三佐が上手でしたねぇ」
「柚木はあれで意外と繊細な乙女だからねぇ。あれこそ」
鷺坂が言葉を切ると、比嘉と頷き合って二人の声が被る。
「「イチコロだったねぇ(でしたよねぇ)」」
「イチコロ?!イチコロってあの槇三佐が?!どういうことだ?おい、比嘉?!」
にやぁ~っと笑った比嘉がうんうん、と頷くばかりでさっぱり答えようとしないのを片山が肩を掴んでがくがくとゆさぶる。
「馬鹿だな。あの二人は空井と稲ぴょんに比べたら大人だよ?大人の恋愛と来たらねぇ?」
ねぇ~、とまだ片山に肩を掴まれたままの比嘉と一緒に頷き合う。
「なんすか?!大人の恋愛ってことはっ!」
「そりゃあ、もう口にはできないようなあんなことやこんなことがっ!」
「槇三佐の方が上手です」
くう~っ!と両手をわななかせた片山が悔しそうに唸る。相手が柚木であるということは除いたとしても、男としての面目にかかわる。ここで空井にも負けるとしたらどれだけ吠えるかわからない。
「あのぅ、なんか俺。ここにいていいんすか?」
一人、話題に加わっていなかった、もとい、加われなかった藤枝がおずおずと片手をあげた。
「あ、いいのいいの。どんどん参加しちゃって。稲ぴょんの恋愛、気になるでしょ?」
「そりゃ、めっちゃ気になりますけど……。いやあ、俺、稲葉より空井君の方が次から見る目変わっちゃいますよ」
「そう?」
藤枝だけはリカサイドにいたので、事情を知るのが遅かったのだ。
ぴっと指でVサインを作る。
「だって、いつの間に2秒!とか今更知ったんであれなんですけど。いや、あっさりしてるように見えて、がっつり肉食男子じゃないですか」
藤枝がギラギラした顔でそういうと、鷺坂がちっちっ、と人差し指を左右に振った。
「あいつの肉食はね、稲ぴょん専用だから。もうほかの女の子なんて視界に入らないし」
「そうですねー。元パイロットにあるまじき極少視界ですねー」
かといって、片山や藤枝のようにあちこちに視野が広ければそれはそれで説教をくれるはずの二人は酒の勢いもあって、次々と今夜のネタである空井の話を続ける。
「だいたい、着替えを貸しておいて誘導したね、あれは」
「いえいえ、室長。空井さんはそういうタイプじゃありませんから。天然タラシ系なので、何も考えていないうちに自爆するタイプですよ」
「自爆しようがナニしようが……。ん?自爆はまずいだろ。稲ぴょん前にして自爆は……もがーっ」
途中で比嘉に口を押えられた鷺坂が不満そうに叫ぶ。
目を丸くしてその場の面々の顔を見ている藤枝を前に、比嘉はにこにこといつも通りです、といった。
「駄目ですよ。ここはR指定じゃありませんから。室長自ら退場になっちゃいますからねー。発言には気を付けてくださいね―」
「だってさぁ?お父さん心配なわけよ。2年だよ?2年。どんだけがっついてんだ、空井!……ってなことになったら稲ぴょんのお父さんとしてはね。やっぱり一発くらい殴っとくかとなるじゃないの」
ちがうちがう、と今度は片山も参加して全員が手を振った。
いつから鷺坂がリカの父になったのだと。
「まあ、あれだ。俺としては、稲葉が幸せになってくれれば、……多少、空井君が肉食男子でもまあいいですよ」
多少なんだ、と一同の突っ込みはさておいて、藤枝がふと首を傾げた。
「そういや、稲葉って、随分長いこと彼氏いませんでしたからね。大丈夫かな、あいつ」
大学時代にはそんな話もあったらしいが、テレビ局、ましてや報道記者など時間が不規則な仕事をしていたリカにそんな浮いた話はとんとなかった。
それを聞いた比嘉が、酔いのせいもあって温い笑みを浮かべる。
「それは……。ちょっと稲葉さんがかわいそうかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「空井さんは一途というか、あの通りまっすぐですから」
あとは推してしるべし、という比嘉に藤枝は不安そうな顔になる。
あいつ大丈夫かな、と呟いていると、勢いよく座敷の前に仁王立ちの柚木が現れた。
「ちょっと!あんたたちは!室長まで巻き込んで、何を勝手にやってんの!あたしが稲葉に顔向けできないような暴露話すんじゃないよ!」
「まぁまぁ……。ほら、柚木。駆け付け三杯って言うでしょ。飲んで飲んで」
槇を蹴り飛ばして駆けつけてきた柚木にビールジョッキが回される。
こうして深夜のりん串で緊急座談会が繰り広げられるのであった。