素のままで 1

1週間がこんなに長いなんて今まで思ったことがなかった。
先週は、空井の方が東京に来たから今週はリカの方が松島に向かうつもりである。

土日は基本的には休み。

これは空井とリカの場合、どちらにも当てはまる。どちらも基本は休み。だけど仕事次第では休みもひっくり返る。

だからぎりぎりまで確定はできないのだ。

ようやく目途が立って、時計を見たリカは新幹線の最終に乗るには、家に帰る時間がないことでがっかりしてしまう。家に帰って、着替えを持って、せめてすっかり汚くなった爪くらい塗りたい。

ふーっとため息をついて、局を出たところで携帯をかけた。

「もしもし」
『はい。もしもし』

先週、思い切り甘やかされた後、そういえば、と電話の話になった。同じ携帯に変えた方が通話料も安いのではと言う話にもなったが、空井の方が機種を変えるまで、まだ時間がかかるということで、当面はそのままとはなった。

そこから脱線して、互いの呼び方の話で。
着信の時には名前が出るのでお互いに出るときには相手がわかっている。にもかかわらず、互いについ名を名乗ってしまうのは日頃の習慣だという話になった。

「でも、リカさん。必ず最初に空井さん?って聞いてくるでしょ?」
「そりゃ……。だって私とちがって、空井さんはもしかしたらほかの方も電話に出たら……だし」
「ほとんどポケットに入れてますからそんなことはない……、あ、でも仕事中は机の上もあるか」

私用携帯がそのまま仕事でも連絡用になっている空井たちは、場合によってはほかの者が代理で出ることもあるのだ。

「リカさんの電話は僕しか出ません!」

そう言い切った空井との間でそんな話になって、このところ、互いにもしもし、だけになった。

「すみません。今仕事が終わって、これからじゃ、家に帰る時間もないので新幹線には間に合いそうもないんです」
「あの……、無理じゃなかったらそのままきちゃいませんか?家に寄らなければ間に合いますよね?」
「え、でも」
「どうせ、明日くるとしたらリカさん、無理して早起きするでしょう?だったら、ちょっと頑張って今から最終できませんか」

いや、とか、え、とか思いはしても腕時計についつい目が行く。珍しく強引なお願いに戸惑っていると、電話の向こうではすぐ時間を調べたらしい。

「今だと、21:36発の新幹線、のれませんか」
「え?え、でも」
「それだと23:10くらいに到着予定ですね。僕、仙台まで迎えに行きます」
「え、ちょっ……」

さくさくと話をまとめた後で、ふっと空井が黙り込む。帝都テレビからはそんなにかからないのでまっすぐ向かえば多少の余裕もある。空井の沈黙が不安になって、迷っていたリカは、どうしよう、と思いながらもついつい、その願いに頷いてしまった。

「……わかりました。じゃあ、この後向かいます」
「よっしゃ!あっ……、すいません」

きっと電話の向こうでガッツポーズでもしたのだろう。慌てふためいた感じがする。
しょうがないなぁ、と思いながらも頷いてしまうのは惚れた何とかというところだろう。

「じゃあ。無事に乗れたら、メールしますね」
「はいっ!じゃあ」

そういって、電話を切ると足早に駅に向かう。東京駅に早めについたら、最低限の着替えくらいは買えるだろう。こういう時に都会は便利なのだ。
あとは化粧品と、と頭のなかで考えながら後のことを色々と考え始めた。

局を出て、途中の目についた店で、着替えや化粧品などを手に入れたリカは、ついでに軽くて折りたためる小さなバックも買って、それに荷物を詰め込んだ。
東京駅で、新幹線のチケットを買うことができてほっと息をついたリカは、これからのことも考えて、携帯からも予約ができるサイトに登録を始めた。

時計を見て、改札を抜けるとホームに上がる。
こんな時間の東北新幹線のホームには、仕事明けのビジネスマンくらいしか見当たらない。そんな中で、いつものバックに小さ目のバックを追加で持ったリカは、チケットを確認して予約した席に乗り込んだ。

『無事に乗れました。すみませんがお迎えお願いします』

いまだにほとんどは固い口調のままでやり取りが進む。メールを送ってすぐ、上野を出たあたりで返信が返ってきた。

『嬉しいです!待ってます』

たったそれだけなのに、今までと違うのは後ろに笑顔の絵文字がついている。
くすっと口元が嬉しくて歪んでしまう。自分も、本当は少しでも早く会いたかったが、だからこそ、支度も何もしていない仕事明けの自分で会うのが気が引けたのだ。

「よし」

最終よりひとつ前の新幹線だったが、出張帰りらしいサラリーマンだけで車内はかなり空いている。
通路にでて洗面スペースに移動したリカは、髪をまとめて一度顔を洗った。手早く買った携帯用の基礎化粧品セットでさっと顔を作る。それから、使い捨てのリムーバーで剥げたマニキュアを落とす。

匂いが迷惑にならないよう、通路を気にしながら速乾性の高い透明なマニキュアを1本ずつ爪に塗る。

多少はみ出したことには目をつぶって、全部に塗り終えると、ほっと一息ついて匂いには内心ごめんなさい、と呟きながら座席に戻った。

投稿者 kogetsu

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