リカからの連絡が来るのを今か今かと待っていた空井ははたと、我に返って、仕事明けの部屋の中を見回した。
時計を見て、到着時間を考えると、ここに戻ったとしてもかなり遅い。リカが泊まりに来ると思って支度をしていたが、それだけ遅くなるならとノートパソコンを立ち上げた。
確か仙台駅の駅ビルにはホテルがあったはずだ。そこがいっぱいでも、すぐそばに新しいホテルがある。
急いで場所を検索すると携帯を掴んで予約の電話を入れた。
幸いにも、新しい方のホテルで予約ができたので、車で行くのと到着が新幹線に合わせてだということを伝えて電話を切る。
自分はすでに一度家に帰って着替えてはいたが、リカがかろうじて着られそうな服を手にすると、手早く支度を整えた。
あとは車のキーを持って仙台駅へと向かうだけだ。
我儘だといわれるかと思ったが、それでも少しくらいは我儘を言ってもいいのかなと思い始めている。自分も、リカが我儘を言ってくれた方が嬉しいし、もし、リカも同じだとしたら。
そう思うと、一人顔を緩ませた空井がいそいそと車を走らせてホテルへと向かった。
車をホテルに置いた空井は、時計を見ながら仙台駅の改札へと向かう。リカとの約束で、中央改札から出てくるのはわかっていたから、3階の改札の前まで行くと出迎えらしい人影がまばらにいる。
その中に紛れても空井の身長なら遠くから降りてくるリカの姿が見えるはずだった。
サラリーマンに紛れてリカが階段を下りてる。
ぶんぶんと大きく手を振ると、リカの顔がぱっと嬉しそうに輝いてからすぐ恥ずかしくなったのか、小走りになって改札を抜けてくる。
「リカ!」
「もう!恥ずかしいですから!」
駆け寄りかけた空井をリカが飛びつくようにして腕を下ろさせる。
少し怒ったような顔を見せたリカも空井の満面の笑みを見ていると、はにかんだ顔で空井の腕にそっとつかまる。
「きました……」
「はい。いらっしゃい」
ぷっと吹き出すと、改めて手をつないで歩き出す。
「お腹は?すいてるでしょう?」
「あ。すっかり忘れてました。えと、なにか食べました?」
「いや、リカさんが来たらと思ってた」
少し目を丸くしたリカが空井の顔を見る。その視線を感じたのか、空井がん?と顔を向けた。
「どうかした?」
「あ、ううん。なんか違う……と思って」
「そうかな」
何だろう、この違和感、と思っていると、あっとようやく気が付いた。
「……わかった」
エスカレーターで2階に下りると空井に連れられてまっすぐに駅を出ていく。リカは向かう先は知らないが素直に空井について歩く。
「話し方が変わったんだなって思って」
「あ……。うん、まあ。リカのお母さんにも挨拶させてもらったし、いいかなって……」
リカさん、からあっという間にリカになった。それに話し方も一気に変わった気がする。
そしてつないだ手も、ただ指を絡めていた時から少しだけ変わっていて、指で始終くすぐってくるのもなんだかこそばゆかった。
「仙台って取材では来たことがありますけど、こんな時間だと不思議な感じですね」
きょろきょろと何かが気になるのか、リカが周りを見回している。
どこの町でも基本的には同じだと思う。深夜の駅の近辺は、明かりがついて賑やかなのは飲み屋だけで、ほとんどの店はシャッターが下りて看板の明かりもほとんどが消えている。
地方都市だからだろうか。電車で帰れるのも限られているのか、酔客さえまばらになり始めたあたりが都内に住むリカには新鮮だった。
「向こうだったらまだ最終にも間があるくらいなのにやっぱり違いますね」
「そうだね。やっぱり地方は違うかな」
仙台駅の目の前は大きなロータリーになっていて、その上を縦横に歩道が走っている。そこを手をつないで歩きながら正面に見える青葉通りを横目に歩いて行く。
「車がないと結構大変かな。やっぱり。今日も車だけど、だいたい基地があるような場所からは大きな駅って遠いし」
確かにこの時間に矢本に行くのもくるのも難しいはずだ。だからこそ、素直にリカも迎えを頼んだのである。
それにしても、車というならそこに向かうのだと思っていたリカがそろそろ疑問を覚える前に空井の方が種明かしをした。
「ここに置いたんです。車」
「え?!」
「ここから僕の部屋まで帰ると、1時間以上かかるんだ。仕事あけで疲れてるのに来てくれたから早く休める様にと思って」
チェックインは車を置いた時に済ませておいた。ルームキーを持っているから、リカの手を引いてそのまま部屋まで向かう。ピッとオートロックがグリーンになると、ドアを開けてリカを先に部屋へと促した。
「私、よかったのに……」
「いいよ。俺の方がこうしたかったから」
部屋を入ったばかりで申し訳ないといいながら振り返ったリカを引き寄せて、壁に押し付ける様にして強引に唇を奪う。
リカを押し付けるようにした鏡張りのクローゼットががたん、と音を立てる。
そのまま、ベッドまで一息に持ち込みたいところだったが、なけなしの理性をかき集めた。まだ顔をあわせて30分も立たないのに、がっつきすぎだと多方面から怒られそうだ。
名残惜しい気がしたが、唇だけ開放して間近で顔を覗き込むと、はふ、と息を吐いたリカが恨みがましい目で見上げてくる。
「……もうっ」
「だって、1週間が長かったから」
―― それは私も同じだけど……
以前は頼りないくらいだった空井が今ではすっかり変わって、男としてだけでなく、時折、飢えた獣の目を向けられるとどうしていいかわからなくなる。
先週もあんなに一緒にいたのに、戸惑う自分が落ち着かない。
途方に暮れた気配が伝わったのか、手を引いて部屋の奥へと連れて行かれた。