FLEX105~心意気だけは立派

家に帰ってきたリカは、バックをソファに脇に放り出すと、ジャケットだけソファに置いて、次々と着ていたものを脱ぎだした。
パンツだけは洗面所で衣類用の消臭スプレーを吹いて吊るす。

後は、全部家で洗えるものばかりなので、ネットに入れたりして次々と洗濯機へ放り込むと、そのままシャワーに飛び込んだ。

世間では5月と言えば春先ではなかっただろうか。

それが最近では急に夏日になったり、急に肌寒くてどうしようもない日だったり、これも地球温暖化というやつだろうかと思ってしまう。

「あーっ、さっぱりした」

夏日といっても空調も送風に近い状態で、ほんのり暑いからじわっと汗をかき通しで、自分が汗臭くて仕方がなかったのがようやく解放される。

バスタオルで頭からごしごしと水滴を拭って、一人だからと脱衣所で堂々と着替えたリカは、ソファに放り出していたジャケットにもスプレーをしてハンガーにかけると、冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきてソファの上に膝を抱えて腰を下ろした。

手にはもう携帯が握られていて、アプリから無料通話を選ぶ。

『おかえり』

コール音が聞こえるよりも先に聞こえた大祐の声に、うぷっ、と水を飲みこんでしまう。

「は、はや。大祐さん、携帯握りしめてたの?」
『もちろん』
「嘘っ!」

思わず叫んだリカにしれっと答えた大祐は驚いた声にすぐ、答えをばらしてしまった。

『嘘に決まってるじゃん。ちょうど何時かなって携帯を手に取ったんだよ。それより、今日も遅くまでお疲れ様』
「……はい。遅くまでお待たせしました」

本気にしたのに、という恨み言は、おかえり、の挨拶で飲み込まれてしまう。そろそろ、リカの扱いに慣れてきたと言うべきだろうか。からかいを含んでいた声が穏やかに変わる。

「今日、すごく暑かったの。もう日本に四季って無くなったんじゃないのかって思うくらいで、どこ行っても冷房はまだ切り替わってないし、夕方になったら自分がもう汗臭くてしかたなかったわ」
『そんなに暑かったの?』
「うん。なんていうか、もやっとするっていうか、湿度も高かったんだと思うんだけど。でも足元は寒いのよ。汗でべたつくし、最低」

くくっと電話の向こうで笑う声がする。
体感では、1、2度低いはずの宮城なら、まだこの感覚は先の話だろう。

「そっちはまだ涼しいかもしれないけど、もう次にこっちに来た時はTシャツ一枚かもしれないわよ?」
『えぇ?さすがにそれはオーバーでしょ?だって、天気予報見てると、24度か25度じゃないの?』

予想温度からすればそれほど暑くないはずだが、湿度や、部屋の温度になるとまた違ってくる。
そこからは、いかに暑かったか、切々と訴えるリカの話をしばらく黙って聞く羽目になってしまう。

「……って聞いてる?大祐さん!」
『聞いてる。聞いてるよ。大丈夫、そんなに暑いのにお疲れ様でした』
「……うん。それはもういいんだけど」

気が抜けたように大人しくなったリカに、こちらはどうだったと話し出すと、大人しく相槌だけが聞こえてくる。聞いてるのかな?と疑い出したころ、ぽつぽつと相槌以外も返ってきてほっとしたところで、やはり疲れているのだろうと思って、早々に電話を切ることにした。

『じゃあ、暑いからって肌蹴て寝て風邪ひかないでね』
「大祐さん!私、子供じゃないんだけど?!」
『あはは。じゃあ、お休み』
「おやすみなさいっ」

勢いに任せて電話を切った後、リカは唇を尖らせて足元に視線を落としていた。
白い足の先は、一応透明なベースコートを塗っていたが、それも今はだいぶ剥げ落ちて来ていて、さっきからそれが気になって爪を引っ掻いていたのだ。

「……まだ早いかなって思っていたけど。やっぱ、塗ろう」

一人、そう呟くと、マニキュアとリムーバーとコットンを持ってきて、まずはベースコートを落としてきれいに塗りなおす。
小さなリカの爪はそれだけでも十分なきがしていたが、やはりサンダルを履いた時などは気になるところだ。

ベースコートが渇くのを待って、足の指、一本、一本に丁寧にマニキュアを塗る。足用にと少し濃い色を選んだリカは、ラメの入ったマニキュアを振ってから、片足ずつ塗っていく。

リカがこだわるのはサンダル用だけではない。

『かわいいね。その爪』
『なんていうか、色っぽい色じゃない?』
『……食べていい?』

目ざといと言えばいいのか、そんなところを気にしていると思わないタイミングでそう言われて、いつもドキッとするのだ。

―― 女としては、やっぱり見られるならちゃんとしておきたいじゃない……

こんな遅い時間にマニキュアなんて塗り始めると、きちんと乾くまで待っていたらかなり遅くなる。明日も早いので、もう寝るべきなのだが、このまま寝てしまったら、間違いなく布団模様のマニキュアになってしまう。

ふと思い立って、両足のつま先を写真にとって、アプリの画面に張り付けた。

『ペディキュアしてました』

メッセージを送ってすぐに、顔文字が入ってくる。

『(*^_^*)』

「……ぷっ。やだ、もう……」

その照れた顔文字がおかしくて、リカが笑い出している間に、続きが入ってくる。

『可愛いんだけど。できれば、写真じゃないといいんだけどな~』

「写真じゃないと……?」

意味を計りかねて首を傾げていると、しばらくしてから改行がたくさん続いて、次に会える時はその足で、と入ってきた。

「ああ!そういう……。って、マニキュアが無くなるまで、同じ色のペディキュア見る機会なんていくらでもあるのに!」

爪の先を指でちょっとつついて、乾き具合を確かめながら、リカは傍に置いた携帯の画面に指を滑らせた。

『大祐さんのスケベ!』

きっと受け取った画面をみて、今頃吹き出しているだろうなと思いながら、リカは翌日の支度を済ませて、爪が渇いたのを確かめると、ベッドに入った。
携帯のアプリには、しょんぼりした顔文字が入ってきていた。

 

— end

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オチもなく、面白くもないんですけど…スイマセン。

 

投稿者 kogetsu

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