夜中なのはわかっているけど、今が何時かはわからない。
大きく息を吸い込んで、新鮮な空気を取り込んだはずなのに、まだまだ苦しくて少し咳き込んだ後、ぐったりと動けなくなったリカをあやす様に背中を撫でられた。
「暑い……」
思わず呟いた言葉を拾って、髪をかきあげてもらうけど、やっぱりお互いの体温がピタリと張り付いているみたいで熱が逃げて行かない。
「暑いね」
そういうなら離れればいいのにどちらも隙間がない位に寄り添ってる。
「……何か持ってこようか?」
大佑が気を使って少し離れようとした処に、腕を回した。
「ん?」
もう少しこのままでいて欲しいから。
そういえばと思い返すと、事の起こりは雨のせいだ。そろそろ秋の声も聞こえてきて、台風が来る度に晴れたら暑いけど気温は下がっていく。帰る時間にちょうど雨が降り出して、濡れた体で電車に乗ったら大祐とちょうど一緒になった。込み合った蒸し暑い電車の中で人をよけながら近づいて大祐の隣に立つ。
「あ。……大祐さん。急に降り出したね」
「ああ、おれは電車に乗るぎりぎりの……」
お互いにほっとした顔で隣り合わせに立った次の瞬間、すうっと大祐が目を細めて肩からジャケットを落とした。鞄を持ちかえて上着を脱ぐとリカの肩にかける。
「ありがと。でも寒くないよ?」
「うん。でも、リカの方が濡れてるから」
「でも」
「着てて」
強めな口調に目を丸くしてから蒸し暑さを堪えて、バックを抱えなおした。どうせすぐにつくからと我慢して、ドアが開いた瞬間に大祐と共にホームに降りる。階段をあがって表に出るとバケツをひっくり返したような雨になっていた。
「うわー……」
「これは……」
表に出る前に立ち止っている人と、傘を手に流れていく人の二通りに分かれる。どうしようと空を見上げていると、リカが大祐の腕を掴んだ。
「もうすぐだし、お互い濡れてますし、行っちゃいましょ?待っててもこれじゃあ、上がりそうにないし」
「……わかった。それ、ちゃんと……。ああいいや」
肩にかけていた大祐のジャケットに袖を通す様に言いかけて、空を見上げると、頭から被せた。そして、肩を抱くと表に歩き出す。
「きゃー!前が見えないくらい……」
「そのまま被ってて!俺が連れてくから!」
前が見えないほどの雨に濡れて2人共、服が張り付く。大祐の上着を被っていても、足元だけでなく全身がずぶ濡れになる。靴の中まで水が入ってきて、ひどく歩きづらい。
横断歩道を渡る手前で、ビルの軒先にないよりましと避難する。
「すご……」
ひどい雨、と大祐の顔を見ると、険しい顔をしている。
少しでも濡れないようにと、まだやっている24時間スーパーの中を通り抜けようとしたら大祐に止められた。そして、最短コースではあるものの、屋根が全くないルートを通っていく。
「大祐さん……っ!」
「いいから行こう!」
服に沁み込んでいくどころかすでに髪の毛からも滴が滴っていく。何とかマンションまでたどり着いて、エレベータで上まで上がると濡れた手で鍵を取り出して、玄関をあけた。
「やっと……」
ついたね、という言葉を言いかけたリカからジャケットを引き受けて、大祐がちょっと待ってて、と言って、灯りもつけずに部屋の奥に入っていく。足元もぐちゃぐちゃで、玄関のドアを開けたままで滴を払っていると、腕を引いて玄関の中へ引き込まれた。
「なんで入らないの」
「だって、びしょびしょじゃない。……何で怒ってるの?」
「こんな姿で……」
苛立ちが滲んだ声は掠れて薄暗い中に響く。ばさっとリカの頭からタオルをかけて、ごしごしと濡れた髪を大祐が拭った。
「風邪ひいてほしくないのもあるけど、リカのこんな姿、人に見せたくないし」
そういわれて、自分の姿を見るとシャツが濡れて張り付いていて、ブラがくっきりと見えているだけでなく、パンツも濡れて下着のラインが見えてしまっている。
だが、顔を上げると大祐のワイシャツもびっしょり濡れて肌に張り付いていた。
「大祐さんだって濡れてるじゃない」
「俺は……。ああ、もう!」
「んんっ!!」
ごちゃごちゃいうリカを大祐がキスで塞いだ。玄関先なのに、ささやかな抵抗も抑え込まれて、息苦しいほどのキスに目眩がする。
離してと言葉にする前に、嫌だ、と掠れた声がした。
冷たくなった腕に手を添えて何とか押し返そうとするリカの体を逆に引き寄せた。
「……こんなに冷たくなってる」
人のことは言えないだろうに、冷え切った体を何とかしようと、濡れた服を脱がしにかかる。キスをした後だけに、微かに息が上がっているリカの吐息を聞いているうちに、ただ脱がすだけではなくなってしまう。
大祐の濡れたシャツも脱がそうとして、リカがボタンを外し始めると、冷え切った肌にリカの手が触れる。それが余計に不埒な考えが頭をよぎって、シャツを脱がせると、パンツのボタンをはずした。
余裕もないまま露わになった体のラインを弄って、冷えた体を欲望が温めていく。
「リカの色っぽい姿見たら……、変なスイッチはいったかも」
「ちょ……。ここ、玄関……」
濡れて張り付いた服越しに与えられる刺激に崩れそうになる。縋りつくような腕に流されて、必死に堪える声も簡単に突き崩される。
―― 今、欲しくて堪らない……
そんな囁きに簡単に流される自分が馬鹿みたいだと思いながらも、大祐のベルトに手をかける。
場違いにもふふっと笑い出したリカに、至近距離で目を合わせた。
「なんか……、いけないことしてるみたい」
「……嫌?」
「すごく……気持ちいい」
ふっとつられるように笑った大祐が、引き寄せる腕に力を入れた。
「風邪……ひかないね。これなら」
「はは。いくらでもあっためてあげるよ。でも、今は冷たい水かな」
待ってて、とくしゃくしゃになった頭を撫でられてリカは頷いた。
―― たまには、猫みたいに甘えるのもいいのかも……
兎が猫みたいなんておかしいかもしれないけど、時にはそんな自分もきっと大祐は甘やかしてくれるだろう。
—end
これも、twitterにあげていた140字のいくつかを1本にまとめてみました。1話としてはあまりまとまりがないのはそのせいです。
どうしても瞬間を切り取るような雰囲気はそのままに残したかったので。
面白くなかったらごめんなさい