「ヤバっ!寝坊したっ」
飛び起きたリカのおかげで目を擦りながら遅れて大祐も目を覚ました。いつもよりも早い時間なのに何を慌てているんだろうと起き上がる。
「今日は取材で遠地に行くの!朝早いって言ったのに……」
途中で、言葉を切ったもののその目は恨みがましく大祐を見てからシャワーに消えた。
そういえばそんな事を言っていたのは聞いた気がするが、駄目だと言えば言う程、もっと夢中にさせたくなる。弱いところをしつこく攻めて、リカが我を忘れるまで感じさせた。
気を失うように眠りに落ちたからアラームに気づかなかったらしい。乱れたベッドがその名残を残していて、口元がにやついてしまう。
夕べ、散々乱れていたのに恨みがましい顔をしたリカも可愛くて、床に落ちていたTシャツを拾い上げると、大祐はシャワーに向った。
急いで出てきたリカと入れ替わる。すれ違い様にスルッと腰のあたりに触ったら思い切り手を叩かれた。
「ひゃっ、馬鹿ぁ!」
思わず上がった声に、盛大に笑ってしまった。
「ごめん、ごめん」
「急いでいるのにっ」
リカの非難がましい一言はそのまま部屋とバスルームに分かれたため、大祐には届かなかった。こういう時の大祐は特に意地が悪い。
バスタオルで体を拭いて、タオルドライだけで、慌てて着替えをすませる。
ぐちゃぐちゃのベッドが視界に入って、赤くなったリカは背中をむけた。化粧をしながら、ついつい夕べの事を思い出して、頬が熱くなる。考えないようにしながら、仕上げに制汗剤を手にしたところに大祐がシャワーを出て来た。
首や胸元はできても、襟足や背中の方にむけたスプレーは、あさっての方を向いている。
苦笑いを浮かべた大祐にやってあげると言われてスプレーを渡すと、背中やうなじのあたりに吹いてもらった。
「ねえ、この服じゃ駄目かも」
え?と振り返ったリカにスプレーを渡して、申し訳なさそうな顔になる。
ハンガーにかかったカットソーは、夏向きにデコルテの開いたものだ。タオルをとって、素早く着替えたリカにせめてもと、愛用しているショールで胸のあたりまでを包み込んだ。
「なんか変?」
仕上げのパウダーをはたいて、口紅とグロスをつけているリカに、えーっと、と歯切れ悪く大祐が呟いた。
「……ごめん」
首筋から背中や胸元など、あちこち服からチラリと、覗く処にはっきり愛欲の名残が見えていた。
なんだか、朝起きてから謝ってばかりだと呟いた大祐に、姿見の前に立たされたリカはショールを外した自分の姿を見て悲鳴を上げた。
「え。あっ!きゃあっ」
時間がないので着替える暇もないのに点々と散った赤い跡に目を剥いてしまう。
「やっ、こんな……。ううっ、もう時間ないからこれで行くけど!!大祐さんはしばらく私に触るの禁止っ!」
再びぐるぐるとショールを巻きつけて、鞄を掴んだリカは顔を真っ赤にして大祐を睨みつけた。
「えぇっ!リカさん、ごめんっ!あやまるから…」
「駄目っ!聞かない!行って来ます!」
眉をハの字にした大祐が無理やり笑みを浮かべて、はい、行ってらっしゃい、という声を背中に聞きながら、リカは身を翻して走り出て行った。1人部屋に残された大祐は情けない声で呟く。
「えぇ~……。それはないでしょ~」
家を出たリカはギリギリで予定より1本遅い電車に乗った。元々、早めに見積もっていたからそれでもまだ余裕はある。肩に巻いたショールをかき寄せて、服から覗く肩や襟元を隠す。あれ程駄目だと言ったのに聞いてくれなかった大祐には腹が立って仕方がない。
「……謝られても絶対許さないんだから」
そして、その一日、暑さを吹き飛ばすほど、怒りを引きずったリカの取材は有無を言わせぬ勢いで順調にすすんだ。
近県ではあったが、帰りもそれなりに遅くなってしまう。直帰で帰ったリカが玄関を開けると部屋から大祐が急いで出迎えに出た。
「おかえり!……なさい。お疲れ様」
「ただいま!」
「あの……、リカさん?まだ怒って……」
「怒ってます!だから大祐さんは私に触るの禁止ですから!」
両手を広げてリカを抱きしめようとした大祐に、さっと掌を向けたリカが硬い表情でショックを受けている大祐の脇をすり抜けて部屋へと向かう。
鞄を置いてシャワーを浴びると、朝よりはいくらか薄くなったが、まだまだ消えそうにない朱印が体中に散らばっていた。
「……っ!服きてたときよりも多いのは当たり前よね。仕方ないけどっ」
丁寧にバスタオルで体を拭うと、着替えてから見える場所には美白効果の高いクリームを丁寧に塗りこんだ。なけなしの抵抗である。
「リカさ~……」
「当分!いいって言うまでは禁止のままですから!」
「うう……。はい」
シッポを垂らしたワンコのごとく、しょんぼりと肩を落とした大祐が、リカの機嫌を直してもらおうと用意していた夕食を並べると、食べている間もちらり、ちらりと大祐が様子を伺う。
―― あーあ。結局許しちゃうんだと思うけど、大祐さんって自分がこういう時にどう見えてるかなんてきっと自覚ないのよねぇ
つい、頭を撫でてしまいそうになるのをぐっと堪えたリカは、眠るまでは何とかその意地を張りとおした。
「おはよう。リカ、ぎゅってしていい?」
「おはよ……。んー、いいよ」
「やった!」
ぎゅっ。
「あっ!ダメ!触るの禁止って言ったのに~!」
「いいって言ったもん!ぎゅってするだけ!」
「大祐さんのばかぁ~……」
―――………
—end
twitterにどんだけネタを溜め込んでいたのかと思いますけど、本当はスマホにはもっとあるし、書けなかったお話もまだまだたくさんあるんですよねぇ。
皆さんの反応がエネルギーなので、ありがたいなーって思いながら読み返しております。