今日は、皆既月食だと職場についてから思い出した。放送の間に、皆既月食の紹介を取り上げていて、大祐も今日は遅いと言っていたことを思いだして残念になる。
『見えてる?』
放送が終わってから反省会と共に打ち合わせを終えて席に戻る。あと少し、と思ってパソコンを開いたら、携帯が着信を教えてくれた。二人そろって終わらない仕事の合間に飛んできたメール。添付されていたのは、携帯で撮ったらしい、今よりももう少しかける前のお月様。
―― 見てるわよ、もちろん
欠けはじめた月を見るために局のガラス窓には皆、携帯やカメラを手に鈴なりである。立ち上がったリカは、人をよけて会議室の窓から携帯でなるべく大きくしたお月様を撮る。
『見えてるわよ』
今日は雲が少なくて、月がくっきりと見えている。それだけに、刻々と欠けていく月の様子がはっきりとしていた。
返信にさらにお月様を送りかえす。
席に戻る間もないくらいメールにすぐに返事が来て、さらに欠けた月とにっこり笑顔の顔文字。
―― 何してるのよ……
市ヶ谷の空幕広報室のフロアはリカのいるフロアよりも階が上だからきっと遮るものもなくきれいに見えているのだろう。どんな顔であの窓際に近づいてとっているのかと思ったらつい、口元が歪んで笑いそうになってしまう。
それを見ていたら無性に会いたくなって、席に戻ると急いで仕事をきりあげた。
せっかく、近い距離にいて一緒に眺められるなら。
鞄を手に局を出て、通いなれた市ヶ谷へ向かう。電車に乗って、駅のホームからも皆が空を見上げる中、急いで撮ったほとんどかけた月と一緒に、まだかかる?とメールを送った。
『もう少しで終わるよ。でも一緒に見るのは間に合わないかな』
見る間に欠けていく月にもう少し待ってと思いながら気持ちが焦る。あと少しでつくのに、と思っていると、もう一通メールが来た。
『かわりに』
それだけの文字と添付のお月様、と思って画像を開いた。
「!」
いつの間にか雲に隠れた月がきれいなハートを雲で描いていた。
ハートは、まるでブルーが描いたようにきれいな輪郭を描いていて、電車の窓からリカが外を見上げるとその輪郭は崩れて月を雲が覆っている。上空の風は流れが早くて見ている間にもどんどん動いていく様が見えていた。
焦る心を押さえて駅から小走りに向かうと、正面のゲート前に立って、メールを送る。
『一緒に見たいな』
ここに来るまでの間に、紅く染まって、今は雲に隠れた月だが、皆既月食が終わるまでにはまだ間があるはず。
『迎えに行くよ』
『じゃあ、正面に来て』
リカのメールに苦笑いで返事を返していただろうに、最後のメールには飛び上がって驚いているはずだ。
すぐに帰ってきたメールに追い打ちで無茶な注文をしてみる。甘えてみたい、と思ってもうまくは言えないリカの不器用な甘え方を今頃、大祐はどんな顔で受け止めているだろうか。
『急がないで、急いできて』
市ヶ谷にいるときは、リカが通っていた時と同じように、制服を着ているはずだ。少なくともスーツに着替えて、それからここまで来るには二、三十分はかかるはずだ。
―― やっぱり間に合わないかな
見上げている間に、雲が流れて再び月が顔を見せる。しばらく月を見上げて、きっとゲートの人には不思議に思われてるよなと思いながら、歩道の脇に佇んで空を見上げた。ただ立っているとつま先が痛くなりそうで、片足に体重をかけて、もう片方の足をとんとん、と動かしていると乱れた足音が聞こえてきた。
「どうしたの!」
急いで着替えたのか乱れたスーツ姿で大祐が飛び出してきた。
ワイシャツのボタンも半分だけで、袖も止めてはいない。スーツの上着と鞄を掴んでとりあえず出てきたというのがありありしていた。
「大祐さん!急がなくていいのに」
「急ぐよ!リカが来てくれて待っててくれるのに!それに一緒に見たいに決まってるだろ」
リカの目の前に息を切らせて立ってから、その視線に気づいて、慌ててワイシャツのボタンを留めはじめた。苦笑いを浮かべて大祐の手から鞄とジャケットを預かると、その間にスーツを直した大祐が、大きく息を吐いてジャケットに袖を通す。
ふっと、一緒に空を見上げたら、雲の切れた間から月が見えた。街の中も周りも、空を見上げる人でいっぱいだ。
顔を見合わせて、携帯を取り出すと今度は二人の携帯に同じ月が収まる。
「一緒に見られたね」
「そうだね」
するっと手を繋ぐと、顔を見合わせて照れくさそうに笑う。
「一緒に……帰ろうか」
「……うん」
同じ家に。
手を繋いで。
時々見え隠れするお月様と一緒に帰ろう。
同じ月を見ながら。
一緒にいることを互いに噛みしめていることが伝わってくる。
―― 一緒にいるね
―― 一緒にいるよ
同じ月を見ながら。
―― end
これは先日の皆既月食の時に、急いでツイッターにかいたお話でした。