FLEX117~雨になれ

後から帰ってきたリカの気配がしたはずなのに、部屋に入ってくる気配がなくて、テレビを見ていた大祐はCMで立ち上がった。
玄関に向かってすぐ立ち止まると、そばのバスタオルをつかんで大股に歩き出す。

「あ。ただいま。……急に降ってきたの」

頭からずぶ濡れになったリカは羽織っていたはずのジャケットを脱いでいて、シャツ1枚で立っていた。脱いだジャケットはどうやら仕事道具の入った鞄を守っていたらしく、自分は後回しだったようだ。

夜で薄暗くても下着のラインまでくっきりして、服がぺったりと貼りついているリカに頭からバスタオルをかぶせた。壁のスイッチで玄関の灯りをつける。

「……駅からでも電話してくれればよかったのに」
「急だったし、こんなに土砂降りになるなんて思ってなかったんだもの」

それなら余計に家についてすぐ、呼んでくれたらいいのに、1人で濡れた服と鞄を置いて、ぐっしょりと濡れた靴にシューキーパーを押し込んでいたらしい。

「……俺がやるから」

リカの手から靴を取り上げると片腕を引いてリカを玄関から引き上げた。痛くはないように、軽く頭を押しやるとさすがにまずいと思ったのか、タオルをぎゅっと巻きつけたリカが小さく呟いた。

「ごめん……なさい」
「いいからさっさと風呂に入って。もたもたしてるとここで脱がすよ」
「う……、はい」

半分脅しの様な一言でリカをバスルームに無理矢理押し込んだ大祐は、その場に置かれていたもう片方の靴と鞄の始末にかかる。バスルームの前でリカは苦労しながら服を脱いだ。シャツはそのまま洗濯機で洗えても、パンツはクリーニング行きだ。ハンガーに吊るしてからバスタオルを置いて、風呂に入った。

熱い湯を出して頭から被ると、濡れて冷え切った肌にびりびりと突き刺さる。肌になじむまで浴びてからシャンプーを手にした。

玄関でリカの靴にシューキーパーを押し込んで、さらに新聞紙を丸めて隙間に詰めたあと、リカのジャケットと鞄を持ってきてハンガーに吊るした。鞄の中をさらりと確認すると、中は濡れていない。周りをタオルで拭いてからバスルームの前に立った。

「リカ。着替え用意するよ?」

濡れたものを始末したタオルもまとめて、洗濯機を覗き込んだ大祐は洗剤を入れて回しながら中のリカに向かって声をかける。声が聞こえたのか、バスルームの中で慌てた声がする。

「待って!自分で用意するから!」

シャワーを、止めてすりガラス越しに近づいたリカの身体の輪郭が薄っすら見えた。女らしさを増したリカの姿にそのままドアをあけたくなったが、ぐっと手を引く。

「じゃあ、ちゃんとあったまっておいで」

声をかけてから、夕飯の支度とリカのために温かいお茶を用意するためにキッチンに移動した。

しばらくしてバスタオルを巻いて、湯気を纏ったリカがコソコソと顔をのぞかせる。
部屋に向かうところを腕を回して抱きとめた。

「わっ!」
「リカ。約束して。次、こんな時は電話して。すぐ行けない時もあるかもしれないけど。もう何度も言ったよね?」

約束してくれるまで離さないよ、と言うと俯いたリカが首を振った。素直じゃないリカの背中に回した腕で、バスタオルの隙間を引っ張る。

「頷いてくれないとコレ、とるよ?」

上気した体が急に身構えて、慌てて逃げようとする。それも無駄な努力だとはわかっているからすぐに自分を守る様に腕を回したリカが困ったような顔を向ける。

「そんなに俺、あてにならない?」
「……うー」

俯いたリカが少し唸ってから渋々口を開いた。

「だって、心配するでしょう?無理して迎えに来てくれようとするでしょう?それが嫌……」

―― そんなこと言わないで。そのくらいの無理ならさせて。お願いだから

そんなささやかな願いに頑なリカはなかなか首を振ってはくれない。一人でも大丈夫なように今までそうしてきたのだからそれを急にやめろと言うことはおかしいのだともわかっている。いずれまた、自分は傍にいない日が来るのだから、それを今だけ甘やかすのがいいのかもわからない。

それでも今は一緒にいるのだから頼ってほしかった。
ほんのりと上気したリカの肩に頬を寄せる。

「だって……」
「うん。わかってる。だから、できる時だけになるけど、できるときはやらせて欲しいんだ。お願いだから」

リカの濡れた姿など、誰にも見せたくないという邪な独占欲から、リカの遠慮を聞いて願望にかわる。

「そんなことは気にしなくていいから」
「じゃあ、……メールしてみるね」

無理しないでね、と控えめに言う人が可愛くて体が冷える前に着替えて、と腕を解く。

「大祐さんが、邪魔してたくせに……」

ふっと苦笑いを浮かべて部屋の奥に逃げていく。その姿をみて、大祐の方も苦笑いを浮かべて、くしゃと髪をかき上げた。

―― まったく、どこまで可愛いんだか

部屋に逃げ込んで、部屋の隅で着替えながらくすぐったい嬉しさ半分、切なさ半分を抱えてため息をついた。
大祐の優しさは時にリカを不安にさせる。それもまた一緒にいられるようになったからなのだとわかっていても、素直に甘えられないこともあるのだ。

―― 不器用で……ごめんね

この雨のように勢いに任せて流れていければいいのに。

―― end

ツイッター小話でした。

投稿者 kogetsu

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