お酒を飲んでいるから眠くなりそう、というリカをベッドに連れて行って、小さな常夜灯代わりの灯りだけを付けた。腕で頭を支えて、体を起こした大祐が隣で大祐の方を見ているリカとぽつり、ぽつりと話している。
「ずっとリカさん、美人だからモテるんだろうなぁって思ってたんだけど、やっぱり大学の頃からモテてた?」
「んー……。どうなんだろう。モテたって思ったことないの。きっと皆面倒くさい女だって思ってたんじゃないかな」
自分もあまり人のことを言えた義理ではないが、それは単にリカが鈍いのではないだろうかと思う。
ジュエリーショップに勤めているという男も、あれだけアピールしていたら普通は何かしら反応するだろうに、リカは完全にスルーだった。
肘をついて、手で頭を支えた大祐が、影の伸びた天井を仰ぐ。
「……リカさん、それって気づかなかっただけじゃないの?」
「そんなことない!そんなことあったらきっと私、もっと……なんていうの?こう……華やかっていうか、大学生らしい何かがあったと思うもの」
「なかったの?」
「……ない」
ぼそりと呟いたリカが可愛すぎて、ぷっと吹き出した。自分の学生時代を振り返っても金がないことと、訓練や飛行機で頭の中が埋まっていた気がする。
「……俺もあんまり笑えた筋合いじゃないけどね。でもきっとリカさん、モテてたんだと思うよ。俺も初めに出会ったころ、思ったけど、柚木さんが残念な美人、って言われててりかさんは……」
「何?なんて言われてたの?!」
「いや!だからさ、それはね?その違う方のアレがその、印象強くてさ」
「……ガツガツ?」
コクコク、と頷いた大祐にタオルケットを引き上げてリカが顔を隠してしまう。苦笑いでリカの頭を撫でる。
「あの頃はお互い仕方ないよ。今は誰もそんなこと思ってないし」
「だといいんだけど……」
おずおずと顔を覗かせたリカが大祐を見上げると、その仕草の可愛さにぎゅっと抱きしめたくなる。話を聞きたいのと、衝動と、こういう時に男は面倒くさいな、と撫でていた手でくしゃくしゃに髪を乱した。
「ちょっと!大祐さんっ!」
「へへ。リカさんが可愛いのが悪い」
「意味わかんないから!それ!」
くしゃくしゃになった髪を撫でているリカが恨めしそうな顔で見上げる。
「大祐さん、そういうけど、あのね。大祐さんの方がタチ悪いと思うの!」
「えぇ?なんで?」
「まず話し方でしょ?私も散々振り回されたけど、すごく誤解しそうな一言だけ先に言うじゃない。親睦会に誘われた時も、『食事でも。もっとお近づきになれたらと』って、私デートに誘われたのかと思ってものすごく焦りましたもん!」
リカが口にしたフレーズを口の中で転がした大祐がああ!と大きく頷いた。
「だ、だってあれはね?室長に女の子をデートに誘うつもりで誘いなさいって言われたから、どうしようかと思っていっぱい考えて、もうすごくテンパってて、りかさんみたいな美人を誘ったことなんかないし、デートなんかもう何年もしてねぇよとか、もーいっぱいいっぱいで……」
そんなに?というほど、顔を歪めて語る大祐にけたけたとリカが笑い出す。
「だって、大祐さん。あの時、エレベータに乗る瞬間で、しかもエレベータが閉まんないようにドアに手を置いてぐいっときたでしょ?あの距離で初めて空井さんの目を見ちゃってなんか、もう……」
「もうって何」
笑いながら話していたリカをすっと真顔に戻って『空井さん』の話をしていたリカを、今の大祐の目が捕まえた。
―― この目で見つめられたら……
どこか拗ねたような顔と、色素の薄い目は淡い光の中でもその強い意志を伝えてくる。
どちらからともなく、ゆっくり近づいて柔らかく唇を合わせた。
「……あの時。思ったんだよね」
唇を寄せたまま囁く。
「もし……、この人を手に入れたらもう二度と、離せなくなるだろうなって……」
触れるだけだった唇がほんの少し深くなって、お互いの唇が濡れる。
「私……、私もこの目で見つめられたらきっと……」
きっと。
その先を聞きたくて、聞きたくなくて、至近距離で揺れた目は、長いまつ毛が伏せられて、もう一度リカの方からのキスを見ていた。
唇でやんわりと挟み込んだ唇の上を小さく覗いた舌先が舐める。まるで自分自身を舐められているような心地よさにぞくっと衝動が広がった。
そのに舌に誘われて、舌先を伸ばすとリカの方から舌を絡めてくる。
初めて、夢に見ていたリカを抱いた時、彼女が気にしていたことなど男の自分には全く訳が分からなかった。
柔らかな胸も、華奢な腰も、蕩けるような体に我を忘れそうなほどだった。
それでも躊躇いがちに反応するリカに理性を総動員しても足りないくらいだったのに。
―― 今は、たとえ嫌われたとしても、離れることなどできないということがお互い様なら……
「……リカ。いつものように優しくできないけど」
いい?
間近で、瞳を覗き込まれても今は怖くない。
それよりも誰にでも向けられるこの目をリカは自分だけに向けて欲しいと思っていた。
「駄目って言ったらどうするの?」
「……それは困るな」
眉が下がって、情けない顔になった大祐の頬にリカの手が触れた。
「……じゃあ聞かないで」
「ごめん……」
「謝らないで」
頬に添えられた手を取って、掌にキスするともう片方の腕を枕元について大祐は体を起こした。