FLEX132~Sweet on you act9

ぐったりと力の入らなくなったまま、リカがベッドに沈み込んでいる。

「……大丈夫?」
「ん……」
「シャワーする?連れて行こうか」
「いいいい、いいです。大祐さん先にどうぞ……」

大祐の腕に持たれて、息が落ち着いた後、ぽんぽんっと指先がリカの頭を撫でてきた。
こんなやり取りをした後、先に大祐がシャワーを浴びて戻ってから、リカがシャワーを浴びにベッドから這い出した。

気怠さは強くて、体の奥底に残る感覚が動きたくないと言っていたが、少なくともシャワーを浴びなければという気持ちの方が勝った。熱い湯を浴びて、体から名残を流してしまったリカは、ぼんやりとした頭で着替えを済ませる。ぺたぺたと歩いてキッチンに向かった。

「お水?」

冷たい水の入ったグラスを大祐が差し出してくれて、頷いたリカは素直にそれを飲む。

「ふあ……」

喉を流れ落ちる冷たい感覚に思わず声が出た。
苦笑いを浮かべた大祐がすっと傍に近づいて寄り添ったリカの耳元に囁く。

「そんな声だして、これ以上煽らないでよ。リカさん」
「え……。煽ってなんか……」
「その格好で?」
「……あっ!!」

ぼんやりしていて、部屋着の上だけを着ていたが丈が長いからと油断していた。裾がひっかかってまくれていることに全然気づいていなかった。ぼーっとしていたから、無意識過ぎて何とも思っていなかった自分が恐ろしいと思う。
慌ててグラスを置いたリカがベッドに向かうと、きれいに整えられたベッドの上に部屋着のパンツが置いてあった。

手を伸ばして、急いで足を通しているリカには、後ろにいる大祐にヒップから足のラインを晒していることなどすっかり頭にない。

―― いいショットなんだけど……、言ったら怒られそう

くすっと笑みを浮かべた大祐は、カウンターの傍に立ってその様子をちらりと見てから、リカのグラスの隣に自分のグラスを置いた。

「はー、やだ。もう間抜けすぎ……」
「まあ、そんなに気にしないで。お水まだ飲む?」
「あ、うん」

自分の姿を確かめてから、両手で頬を押さえたリカがキッチンの傍に戻ってくる。

ちらりと大祐の横顔を見上げて、ついさっきまで見せていた顔とは全く違う表情に目が離せなくなる。
その視線に気づいた大祐が、ん?と顔を向けてきた。

「どうしたの?」
「ううん。なんでもないの」
「変なの。明日は、ゆっくり起きようか。リカさん」

リカさんから、リカになって、再びリカさん、に呼び方が戻っている。
首を振って、グラスを置いた大祐がいくね、と指を向けて先にベッドに戻っていく。グラスを置いたリカは、その後についてベッドにむかった。

おいで、と言われて大祐の肩に頭を寄せたリカは、目を閉じてふと呟いた。

「私……、欲張りなの」
「どしたの?急に」

―― リカってそのまま呼んでくれていいのに……

お互い、稲葉さん、空井さんの間柄から変わってそれほど時間が過ぎているわけではないのだが、空井の呼びかけが変わるとどうしてもよそよそしく感じられる。
そのお願いをするには何となく気恥ずかしい気がして言い出せない代わりに違うことを口にしていた。

「ほんの少し前までは、空井さんが幸せでいてくれたらいいなって思ってたのに、ね」
「ん?どういうこと?」
「だから……、独占欲っていうか……。もう会えなくても空井さんが幸せで、元気でいてくれたらいいなって。それだけを思ってた。それで時々、本当に時々でいいから私のことも思い出してくれたらいいなって……」

顔の前に持ち上げた手に光る指輪を確かめるように指でなぞる。その手に大祐の手が重なった。

「俺も思ってたよ。リカさんが、幸せに、いつも笑っていられたらいいなぁって。リカさんは、すごくまっすぐだから、自分から痛い思いするってわかってても突っ込んでいくから、辛い思いしてないといいな、今日も笑っているかなっていつも思ってた。不思議だよ。仕事が忙しければ忙しいほど、考えずにいられるのに、ふとした瞬間に思い出すんだ」

こんな時、リカならどんなふうに取材するだろうとか、どんなふうに見るだろうかと。
広報官という立場は、どうしてもそんな瞬間を作り出してくる。

「こんな時にリカに聞いてほしい、って何度思ったかな。矛盾してるけどね。だから、一緒にいられると思ったらすぐこれを」

リカの指に光る指輪を触って、引き寄せると自分の口元に持っていく。目を伏せて、口づけるのは祈りの様な願いだ。

この手にずっと触れていられますように。
どんなに揺らぐ日があっても、自分達にはただひたすらに、相手の幸せだけを願っていた時間があったのだから。

「……うん。びっくりしたけど、私達らしいかなと思う」
「僕らの飛び方で、僕らのペースで行こう。たくさん、心配も不安もさせるかもしれないけど、ちゃんと聞くから」

てっきり返ってくると思った答えがなくて、おや、と覗き込んだリカはもう目を閉じて寝息を立てていた。大祐の手に自分の手を預けて、無防備に眠る。

―― ちゃんと、聞くから。あなたの声はどこにいても

必ず届くから。

—–End

投稿者 kogetsu

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