FLEX134~甘い年の瀬 2<後いくつ寝ると・改>

「お前のところは?柚木が復帰したんだって?」
「ええ。うちはね。無理してないかだけが心配ですよ。結局、復帰するのも無茶しましたからね」

戻れなくなることはないこともわかっていたはずだが、柚木は急かされるように仕事に復帰していた。おかげで、復帰して2週間ほどたってから一度、倒れたのだ。

「あいつはああ見えて頑張り屋さんだからね。お前がいいお母さん役やってる分、自分も何かしなきゃって思ったんじゃないの?」
「……わかってますけど、そんな風に無理する必要ないっていってもあの通りだから聞いてくれないんですよ」
「そこが可愛いと思ってるからお前も許しちゃうんだろ?」

ニヤリ、と口角を上げた鷺坂の一撃で、ごふっと飲みかけていたビールを気管支に詰まらせた槇は大きくむせた。

「だ、大丈夫ですか?槙さん」

ごほっ、ごほごほっ!と大きく咳き込みながらも慌てておしぼりを差し出した空井に何度も頷いた。

「柚木さん、リ……、稲葉さんも心配してましたからね」

命名でもめた挙句、リカの鶴の一声で空美と決まった二人の娘は保育園に通っていて、慣れないことに必死になった挙句の出来事だった。近ければいくらでもリカも手伝いたいところだったが、基地と名のつくところがビジネス街に近い場所にあるはずもない。

それでも、時折、自分にできることはこのくらいだからと柚木を息抜きに連れ出していた。

柚木が倒れた時はリカも青ざめて駆け付けたくらいだ。

「あの時は、ごほっ、稲ぴょんにも心配かけたからね。悪いな、空井」
「いえ、僕らにできることがあったら何でも言ってください。リカさんもそう言ってましたし」

せっかく空井が東京に来ていた週末、リカと空井は少しでも槇と柚木の負担を軽くしようと二日続けて通ったのだ。泊まって行ってくれと言う槇にリカは頑として首を振らなかった。

「槙さん、柚木さんは今疲れてるのに、いくら知人でも私たちが泊まったらそれこそ、気を使うじゃないですか。私達なら大丈夫ですから」

ようやく、咳が収まったところで槇が空井にもありがとな、と軽く頭を下げるとお互いに頷き合って、半分以下になったジョッキを差し出しあう。ちん、という軽やかな音というより、ごん!というごつい音をさせた後、ジョッキの中のビールを揃って飲み干した。

「おーい、お前ら俺の話をきけよ!」
「はいはい。大丈夫。聞いてるよ、よーく聞いてるよ。お前の嫁はお前にはもったいないくらいだよ」

話をあっさりと鷺坂が流したが、相手が鷺坂だけに、ひどいとも文句も言えない片山が、空になったジョッキを高らかに差し出した。

「ったく、空井!お前はどうなんだよ!なーにが、『り……、稲葉さん』だぁよ!次はさっくり『リカさん』とか言いやがって。こっちにだってな、お前が基地んなかじゃ『りっかっぴょ~~ん』つってんの聞こえて来てんだぞ!」
「ちっ!!そんなこといってないじゃないですか!!」

最後のところでわざとらしく身をくねらせた片山に向かって、真っ赤になった空井が立ち上がる。ビールの1杯や2杯で赤くなるほど弱くはないのだが、この手のからかいには滅法弱くて、それがまた面白いために片山にいじられている自覚などない。

まんまとわざとらしい片山の挑発に乗ってしまう。

「よっくいうよ。知ってます?室長。こいつ肌身離さず稲ぴょんの写真持ち歩いて、行く先々で『うちの嫁可愛いでしょう!りかぴょ~~ん!!』つってんすよ」
「言ってないです!!言ってませんから」

懐から名刺入れの様なものを写真に見立てて、くねくねと空井のフリをする片山に比嘉を押しのけて迫りかけた空井を、冷静な声で鷺坂が空井を見上げた。

「あれ?俺もその話は聞いたよ?」
「えっ?!」
「なんか?山本君から聞いたんだけど、独身の女性隊員達にモテてまくってた空井が独身隊員達からやっかみをもらいまくってたから、仕方なく、ね?ポイントここ!仕方なく!仕方なく、やむを得ず、稲ぴょんのことを語って、僕は愛妻家なんです、というキャラを!演じてると!ね?」

今度は本気で青ざめた空井をよそに、隣に座っている比嘉に向かって、身ぶり手ぶりを加えた鷺坂の説に、うんうん、と大げさに頷いていた比嘉が、最後のところわざとらしく驚いて見せた。

「あ、それ、キャラ?!キャラだったんですか?!空井一尉もこれ、あげましたねぇ」

片腕を持ち上げて腕をぽんぽん、と叩く比嘉をビールを飲みながらにやにやと槇が眺める。軽く首を振った鷺坂は槇をちらりと片手で示した。

「もちろんだよ。お前や俺を見てるんだよ?しかもキャラ!キャラってところが可愛いじゃないの。槇みたいにね?槇三佐の奥さんはどうなんですか?って話を振られてもこの顔だよ、この顔!この顔で淡々と『うちの嫁さんは、同業者だからね。なんていうの……』って淡々と柚木のおっさんっぷりを披露した後。はい、ここ!」
「はい、ソコがポイント!」

比嘉が万全の相槌を打つ間に、なんすか、と苦笑いを浮かべた槇は、うかつにも残っていたビールをガブリと口に含んだ。

「『そこがうちの典子のかわいいところかな』って、この顔で堂々という画!!」

びしっと、指ぱっちん状態で指された槇が、ぶーっと盛大に目の前にいた比嘉に向かって口にしていたビールを吹き出した。

「ごほごほっ!!!」
「○×▽●※■っ!!」
「あぁぁぁ!!槙さん!!比嘉さん、これ!」

今度こそ、酸欠になりそうなくらい盛大にむせた槇がその場に倒れこむのと、謎の擬音を発した比嘉に慌てた空井が手元にあった片山のおしぼりを差し出したのは、ほぼ同時だった。すぐに、座敷の障子をあけて空井が店員に水とおしぼりの追加を頼む。

一人惚気倒して皆から距離を取られていた片山は白々した顔で一瞥をくれる。

「そんなん、まっきーは昔からそうじゃないっすか。俺なんか、セクシー鷺坂、ダンディ鷺坂の後を継ぐのは俺しかいない!って思ってますからね。いまでも!」

座敷の半分が悶絶者と言うのに、全く空気を読まず、ピンクのベストを来た芸人ばりに片山が胸を張る。しょーがねぇなぁ、という顔で鷺坂が追加のオーダーをしようと手を打ったところに店員の陰から遅れて来た、仕事明けの藤枝が顔を見せた。

「こんばんは……。どーもー。来ちゃいましたー」
「あー!藤枝ちゃーん。おっそい!!」
「ごめんごめん。あれ?なんかもうすでにだいぶ……。あ、鷺坂さん、ご無沙汰しています。いつもお世話になってます」

座敷に上がったところで座布団に座る前に、膝をついて、丁寧に頭を下げる。報道の水に洗われて、すっかり落ち着きを見せた藤枝に、鷺坂が手を振った。

「ああ、いいよ、いいよ。今日は無礼講。仕事を忘れて男同士飲もうじゃないかっていう、こんなむさくるしいところに来てくれたんだから気にしないの。ささ、座って」

ありがとうございます、と礼を言って片山の隣に腰を下ろした藤枝は、店員が回ってきたところでビールを頼んだ。

「で?片山さん、もしかしてまた惚気ようとして失敗してた?」
「失敗してたはないだろ~。俺はね?俺様のこの幸福感。いかに幸せオーラ一杯かってところをみんなにおすそ分けしようとしていたわけよ」

片山の思惑とは少し違っていたが、散々嫁の惚気をぶつけて、槇や空井をいじりたかったところに鷺坂にさっくり折られてしまった。不完全燃焼を起こしていた片山は、ようやく聞き手を得たと藤枝ににじり寄ったところで、空井が振り返った。

比嘉は自分でやるからと言って濡れた服を拭いているし、槇はぜいぜいと息をついている。
危うく、片山のおかげで今日も皆のいいおもちゃになりかけた空井は、藤枝の隣に腰を下ろした。

「藤枝さん、こんばんは」
「空井君、この間ぶり。稲葉、早めに帰ってったよ」
「ありがとうございます。今日は男飲みだって言ったら早く帰って待っててくれるって言ってたんですよ」

はいはい、仲がいいことで、と笑った藤枝の向こう側で片山が毒づき始める。

「はぁー?早く帰って待っててくれるだぁ?お前、それはあれだよ、あれ。『男飲みって言って、早く帰っておかないといつまで飲んでるかわからないわ』とか思われてんじゃねぇの?」
「そういう片山さんはどうなんですか?」
「俺?俺は、あれだよ。その……、もちろんだよ?」

急に歯切れが悪くなった態度がわかりやすくそこに何かがあると、物語っている。
ここぞとばかりに空井が反撃に出た。

投稿者 kogetsu

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