FLEX139~キュンとする?

何が流行るんだか、と帰るなりリカが零しだした。
玄関から入って、廊下を歩く間もぶつぶつと零している。

「どしたの?」

これはよほど何か言いたいことがあるのだろう、と同じく帰ってきていくらもたってない大祐が顔を向けた。きれいな顔を歪めて、あのね!と、妙に目が座ってる。

「壁ドンの次は肩ズンだっていうのよ」
「……は?」

全く意味が分からなくて、目を丸くしていると、なぜかうんうん、と頷かれる。

「わかんないでしょ?わかんないわよね。当たり前よ」
「うー……ん。一応、壁ドンは知ってるけど。片山さんがわざわざ電話してきたんだよね」

壁ドン隊員で特集しろ!という無茶苦茶を言い出したから徹底抗戦していたら、するっと比嘉に電話を奪われて、アッサリと検討しますね、の一言で電話を切ったのは最近のことだ。
それを聞いたリカが額に手をあてて、呆れたように頭を振った。

「あれの次っていうのがあるのよ」

どうでもいいのに、と呟くリカが口を尖らせる。

「こういう流行りって2番手は大抵無理矢理作られたりするんだけど、それが肩ズン」
「へ?どういうの?」

全く意味が分からなくて、首を傾げた大祐にリカがおいでおいでと、手招きする。部屋と廊下の境まで大祐の手をひいて連れて行くと、同じくらいまでしゃがませる。リカの目の前に大祐の耳が来る高さまで膝を曲げさせたリカは、ほんの少しだけかかとを上げた。

「男女逆だけど、こういう感じで……」
「え」

大佑の肩にとん、と軽くリカの額がのせられて大祐はドキッとする。急に、今にも泣きだしそうな顔で囁く。

「……大佑さん、もうダメかも」
「え。……ええっ!」

急に泣きそうになったリカにあたふたした大佑は、おろおろとリカの肩に手を回しかけた。掌に妙な汗が滲んで、どうしようかとおもっていると、パッとリカが顔を上げた。

「だからコレ」
「……え?」
「肩ズン」

フリーズしていた大佑が、べしゃっと床の上にへたり込んだ。その様子をみてリカがもっともだと頷く。

「ね?これが萌えるとか無理矢理でしょ!」

へたり込んだ大佑にリカが拳を握りしめた。大祐がいつまでもしゃがみこんでいるので、リカも同じように足元にしゃがみこむ。

「私、壁ドンだってどうかと思ってたのに。キュンとするとかないわよねえ」
「……リカさん」

なぜか真顔になった大佑が手を取るとリカを立たせてもう少し廊下側へと移動する。間接照明の下でジャケットを脱いだだけの大佑が壁際にリカを立たせた。

「壁ドンって、こういう状況でしょ?」
「あ、うん」
「じゃあ……」

壁に片手をついてリカの顔の目の前に迫った大佑が声を落とした。

「キュンとするかどうかは相手にもよるよね?」

言われれば確かにそうだが、相手が大祐で、とび色の目に至近距離で覗き込まれて、初めてリカは動揺してしまう。

「俺なんかじゃドキドキしないかもしれないけど?」

いいながら片手をネクタイの結び目にあてて、軽く引いた。ワイシャツの緩んだ首筋がリカの視界に入る。
ドギマギして腕のない方に顔を反らすと触れるか触れないかの間近で首筋に息がかかった。

「キュンとしてもしなくても、他の男にこんなことされて欲しくないけど?」
「あ、う、は、や、その……」
「ドキドキする?」
「し、しなっしないよっ」
「ふうん?でもさ……」

吐息がかかるのはそのままでとん、とそのまま肩に重さがかかる。

「こんなに俺がお願いしてるのに……。リカは他の男にもこういうことされても平気なんだ?」

首まで真っ赤だけど。

最後はだめ押しに耳元で囁かれて、ずるっとその場にリカがしゃがみ込んだ。うー、と恨めしげに大祐を見上げたリカに満足そうにもう片方の手も壁についた。

「で?感想は?」

ニヤりと笑う大佑に両手を顔に当てたリカは違うから!と悔し紛れに言った。

「こんなの他の人だったら」

平気のはずだ。

そう続けるはずで。

往生際の悪いリカのために、同じ高さまでしゃがみこんで来た大佑にリカはすぐに白旗を上げることになる。

翌日、広報室で大佑は片山にメールをだした。

『片山さん、肩ズン特集しましょう!隊員同士で!』

これだけは譲れない、と朝から意気込んでいた大祐のところに速攻で電話がかかってくる。

『この、空井!てめぇ、気持ち悪いだろ!変なメールよこすんじゃねぇよ!』

受話器を思わず耳から離してしまうほど大きな怒鳴り声が聞こえてくる。顔を顰めた大祐に隣の比嘉がそれを拾う。

「珍しいですね」

受話器を押さえた大祐が真顔で頷いた。

「これ、広めて男女でもやる奴無くそうと思ってます!」
「それは……無くなりますか?」

まだ受話器から聞こえてくる怒声を放置したままで顔を見合わせる。ずいっと比嘉の席に近づいた大佑が、ぼそりと呟く。

「男同士のコレですよ?気持ち悪いでしょ?」

受話器を比嘉に押し付けて、膝が当たるほど比嘉に近づいた大祐が机に手をついてずいっと間近で囁く。
無言になった比嘉が穏やかに微笑んだ。

「空井一尉。それ、割と萌えますね」

ひくっとひきつった顔の大祐と共に、一気に比嘉の席から皆が椅子を引いた。
壁ドン企画と共に、肩ズン企画も当然ながら実現されることはなかったが、それ以来、比嘉の傍に近づく者が減ったとか、減らなかったとか。

—-end

投稿者 kogetsu

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