FLEX13*~お帰りを繰り返して

「準備よし、と」

仕事を定時で終わらせたリカは一度家に戻って、最後に荷物に入れるつもりだった保冷バックをキャリーに入れた。
お取り寄せしたチーズケーキは、解凍に3時間くらいかかるらしい。冷凍庫から出して荷物が濡れないようにだけはしたが、大祐のもとにつく頃にはちょうどいいはずだ。

部屋の中を確認して、戸締りをすると東京駅へ向かう。
この前はせっかく大祐が東京に来てくれたのに、二日目にリカが風邪をひいて熱を出してしまった。おかげで、予定は狂ってしまい、大祐と式場にいくはずだったのにキャンセルしてしまったので、その後はしばらくリカ一人で打ち合わせに向かったり、印刷の確認をしたり、一人で忙しく過ごしていたのだ。

それももう一か月を切って、すべての返信も戻ってきている。席も大祐とメールのやり取りをしてほぼ決まり印刷に回った。
そんなこんなで、ようやくひと段落したリカが今週は松島に向かうところだ。

新幹線に乗り込むと、キャリーを足元に寄せてシートを倒す。出張で遠地に行くことも多いのに、松島に向かう時だけはいつも気分が違う。

ゆっくりと動き始めた新幹線が一度地下に潜って上野に止まり、それから少しずつ都心から離れていく風景を見ているとドキドキしてくる。そのあたりで一度目を閉じてから、時には化粧スペースに立って、慌ててネイルを塗りなおしたり、スマホでニュースを見たりする。

宇都宮を過ぎてようやく顔を上げると、明るい場所と暗い場所の差が大きくなった。時々、車の灯りが連なっていくのが川のように見えたりしてくる。
リカがいつも乗るのはほとんど止まらないために、次に福島に止まれば、あとは仙台に到着だ。

5分前に流れる到着の音楽を聴くと、もういてもたってもいられなくなって、キャリーを持つと一足先にデッキに出た。通りすがりに洗面所の鏡をちらっと見て、化粧が崩れていないか確かめる。

ぷしゅーっとドアが開いて、ホームに降りるとひやっと空気が違った。

「わ……、もうこんなに違うんだ」

ついこの間までは、東京も仙台もほとんど変わらなかったのに、今はこんなにも肌に触れる温度が違う。
もう慣れた足取りで中央口に向かうと、改札前に大祐の姿が見えた。

だいぶ離れているのにお互いの目があって、にこっと互いに微笑む。
改札を抜けると大祐の目の前に立った。

「来ましたよ」
「帰ってきたね」
「うん」
「お帰り」

自然に手を繋ぎながら、大祐がリカのキャリーに手を伸ばした。

「リカがこっちに来るの、本当に久しぶりだね」
「うん。向こうまで行くからよかったのに」
「そんなわけないでしょ。俺が迎えに来た方がはるかに早く会えるし。仕事が終わって、リカが付くまで家でじりじりしてるなんて嫌だよ」

ぎゅっと握られていた手が一瞬強くなって、ふっと離れると珍しく大祐がリカの肩を抱いた。
手を繋ぐ方が好きだと思っていたのに、今回はその密着具合が珍しい。

こんな時間なのに込み合っている駅の中を抜けて、いつものように車を置いている場所へと向かう。

「寒くない?」
「あ、うん。大丈夫だけど、やっぱり温度が違うのね」
「それ、きっと俺も思うんだろうな」

車に乗り込んでエンジンをかけると、すぐに車は動き出した。
出口ゲートで料金を払ったところで、一瞬、大祐がリカを振り返って頬に触れる。

「よかった。今日は元気そう」
「元気ですよ。あれから気を付けてるし、大祐さんが作っておいてくれたご飯もおいしくいただきましたし」
「そこじゃないでしょ。でも……、あーいや!なし!今のなし。そうじゃなくて、式のこと、全部任せちゃってごめんね。ありがとう」

ついつい、余計なことを言った、と思って話を切り替えた大祐は、再びスムーズに車を走らせ始めた。
車の中にはスタバのコーヒーが置いてある。

「あ、これ。温くなっちゃったけど、よかったら」
「ありがと。嬉しい」

二つ並んだカップがホルダーに並んでいて、わざわざ腕を伸ばした大祐がリカの分を渡した。

「珍しいね。大祐さんがこういうの」

コーヒーは飲むが、この手のコーヒー店に入っても、いつもリカに任せていることが多い。苦笑いを浮かべた大祐が、自分のカップに手を伸ばして一口飲んだ。

「いや、その……。リカが来るって思ったら嬉しくなっちゃって、仕事上がってすぐにこっちに向かったんだけど、あんまり早く着きすぎちゃったんだ。それで、しばらくは車で待ってたんだけど、あんまり暇すぎたからそういえばと思って……」
「じゃあ、もしかして、これお勧めで買ったでしょ」

甘いラテを選ぶことが多いが、今回はどうもアーモンドラテっぽい。大祐がそんなチョイスをするとは思えなかったのもあって、くすくすと笑いながらカップを軽く回した。

「それ、わかるものなの?」

おっかしいなぁ、と呟いた大祐に笑いながらリカが答える。

「だって、これ、あと何日かで終わっちゃうはずだけど、ちょうど今のシーズンものでしょ?このローストアーモンドがおいしいんだけど、ちょっと沈んじゃうのよね。私は、いつもこれをローファットにしてもらう」
「……甘いから、俺も好きだけど」
「ふふ。次はダブルホワイトだったかな?ホワイトチョコ好き?」
「あ!チョコは大体好き」

じゃあ、次の時には一緒に飲もうね、と言いながら矢本までの道のりを懐かしく思う。

「あ、ねぇ」
「ん?」
「明日、お天気かなぁ?お天気だったらちょっとまわりたいところがあるんだけどいいかな?」

もちろん大祐に否はないが、どこに行きたいの?と聞くと、リカが楽しそうに笑った。

投稿者 kogetsu

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