FLEX142~夢見月花見月 (中甘)

「あー……。空井。そ・ら・い」
「はい?」

呼ばれて振り返った大祐の顔をみて、口を開いたまま、顔をひきつらせた山本は深々とため息をついて立ち上がった。

「……あのな。彼女に会えるのが嬉しいのはわかる。わかるが、お前は出張で東京に行くんだぞ?」
「やだな、わかってますよ」

あっさりと答えた大祐の顔を見て、両手を上げた山本は向かい側に座っていた隊員に無言で手を差し出した。
こちらも笑いをこらえるのに必死で妙な顔をしているが、大祐は全くそんなことには気付く様子もない。肩を震わせて差し出したものを受け取った山本は、大祐の前にぬっと突き出した。

「見ろ」
「え?」

山本の掌よりは少し小さいが、名刺入れサイズの鏡には、満面の笑みを浮かべた大祐が映る。

「あれっ?やだな、自分笑ってます?」

―― 自覚ないのかよ!!

その場にいた全員が胸の内でそう突っ込みするくらい、ため息とあんな美人を、というやっかみの視線が集中する。

「……どこに出しても恥ずかしくないくらいの笑顔だな。お前さんなぁ。頼むから、仕事中は、彼女のことはちょっと置いといて、真面目に仕事しろ」
「してますよ!やだなぁ。そんな……」
「でも、今出張だ、やったー!彼女に会えるって思っただろ?」
「……う」

―― そこは!嘘でも違いますって言え!

呆れた顔の山本が軽く握った拳を大祐の頭にごつん、と落としたのを見ながら渉外室の中は、一気にからかいモードになる。

「まあ、仕方ないでしょう」
「そうですよ。あんな美人の彼女を2年も置いて、修行僧みたいな生活送ってたんですからね。そりゃータガも外れるわ」
「彼女、壊すなよー?」

次々とかかる声に、我に返った大祐は慌てて否定に走る。真っ赤な顔で、壊すってなんですか!と立ち上がった。

「僕は!そんな、その、彼女の顔を見てるだけで十分なんですよ!それだけで元気が出るっていうか!声を聞いてるだけでも嬉しいっていうか!ずっと、会いたくて仕方がなかったんだから」
「わかった!わかったから空井!」
「……はい?」

はっと気づくと、机に手を置いて拳を握る様にして、部屋中に力説している大祐を両脇から隊員達が押さえこんでいた。

「……落ち着け」
「どうどう。お前ね。今からそれじゃ、彼女に会ったらその瞬間に鼻血でも吹くんじゃないの」

どっと笑いがおきて、憐れむような視線を向けられた大祐は、ぱくぱくと口を動かしたものの、否定しようにも全力で否定すればするほど肯定しているようにも見えることに気づいた。

「……皆さん、からかいましたね」
「お前、今気づいたの?おっそ!!」

どっと笑われた大祐はその後、出張の書類一つ、手続き一つにつき、リカの好きなところを一つ、リカに会ったら囁く言葉を一つ言わないといけないという、恥かしいばかりの仕打ちに会う羽目になった。

ごたごたしたものの、何とか家に帰り、翌日の出張の支度を鞄に用意している間も、大祐の頭の中は賑やか極まりない。

―― あー、明日も明後日もリカさんに会えるなんて幸せだ―。でも、仕事の邪魔になったら悪いからきっと夜は終電までには……。いやいや、何言ってんだ、俺。俺は彼氏なんだぞ。婚約者がわざわざ、いくら仕事で行くとはいえ、よそにホテルをとるのか?まてまて。確かにこの前のデートのときは、リカさんの部屋に泊めてもらったけど、当たり前のように泊まりに行くって駄目じゃないのか?がっついてるように思われ……。いや、正直がっつきたいけども、だがしかし!

「あぁぁぁ!!どうすんだ!!」

職場では、彼女のところに泊まるんだろうと散々冷やかされていたわけで、よそに泊まる手はずなどつけてもらえなかった。もちろん、ビジネスホテルにでも泊まればいいわけだが、せっかく会えても平日の出張だ。
夜の、限られた時間しか会えないのに、よそに泊まるのか。

まだ数えるくらいしか、あれから会えてなくて、ほとんど毎日電話もメールもしているが、それでも、会えるときは異常に照れくさくて、緊張して、慣れるまではいつもお互いにギクシャクしてしまう。

一人部屋の中で正座をしたまま、悶々と考えていた大祐は唐突になった、携帯の振動に飛び上がった。

「……おわっ!!あ!やべっ」

とっくに10時を過ぎていて、電話の相手はリカだった。

「はいっ!」
『わっ……。大祐さん、勢いよすぎ……』
「ごめ……。つい……。あ、お疲れ様。お帰りなさい」
『ただいま。お疲れ様です。なかなか電話来ないから遅いのかと思ってました』

大祐の電話を待っていてくれたのかと思うだけで、顔がにやけてくる。

「支度してたんだ。二泊もするし、一応スーツの用意もあるから」
『そっか。移動は制服ってわけにいかないですもんね』
「そうだね。帝都テレビに行った時もそうだったでしょ?制服の方がいい場合は制服で行動するけど」
『「それで」』

お互いにかぶってしまってから、ふふ、と笑いが聞こえてきて大祐さんから、と促された。
我ながらどれだけ前のめりだと思ってしまうが、今目の前にいたらぎゅっと抱きしめたくて仕方がないのは事実なのだ。

「え、と。明日の昼間にそっちに移動して木曜は夕方こっちに戻るんだ」
『金曜日もこっちだったらよかったのに』
「えっ……」
『あ……』

思わずなのだろうが、ぽつりと聞こえた言葉に、背中がぞくっとする。口元を無意識に押さえながら、嬉しくて、ついつい確かめたくなる。
携帯を握る手に力が入った。

「それ、俺、喜んでいいの?」
『!……』

小さく息を吸い込む音さえ、心臓を跳ね上げさせる。

―― 間をあけないで!答えて!早く……

一瞬のはずなのに、こんなに長いのかと思っていると、少しだけ拗ねた声が聞こえてきた。

『そのまま週末までいられたらいいのにって思うの、ダメですか?』

―― 駄目じゃない!!

携帯越しにはわからないだろうが、その場で正座をしながら一人、やきもきして、部屋の中でガッツポーズを決める。
絶対にリカには見せられないだろう、姿で一人テンションが上がった大祐は、理性を総動員した。

「駄目じゃないよ。めちゃくちゃ嬉しい。なん……か、もう、毎日、夢じゃないかって思うくらい」
『夢じゃ困ります!……私も、嬉しい、です』

―― あーもう!!なんだよ、何なんだよ、この可愛さはっ!!

照れくさいのか、ぎこちなく聞こえてくる声に、一人ばたばたと暴れてからその場に倒れこんだ。

「俺も。……会えるのが嬉しい。リカさんは、何時頃終わるの?予定でいいから教えて」

無理はしなくていいからと付け加えると、全力で死守します、と返された。結局、終わりころを見計らって、メールで連絡を取り合うことにして、あとは、たわいない会話になる。

『大祐さん、何が食べたいですか?せっかくだし……。伊達に街角グルメやってないから、美味しいお店案内しますよ』
「うん。リカさんの食べたいものでいいよ」

本音を言えば、リカの家に行って、二人だけで過ごしたかったが、結局言い出せないまま、時間は過ぎてじゃあまた、と携帯を切った。

リカの手料理でもいいし、何ならテイクアウトでもいい。ただ、二人きりでいたかったが、どうしても言えずじまいである。

「あー……。俺、我慢できるかな……」

顔をみた瞬間に抱きしめたくなる。
この前も、あまりに嬉しくて、新幹線の改札を出てすぐのところで抱きしめた大祐を、真っ赤になったリカが押しのけた。

なにするんですか!といって、耳まで真っ赤になったリカが大祐の手を引いて、逃げるようにその場を離れたのだった。

―― 今度は、ちゃんと……。自信ねー……

悶々としながらも、その場からごろごろ転がって布団の方へと移動する。枕元に携帯を置いて、電気を消したところに携帯が震えた。

『おやすみなさい。明日が楽しみです(*^_^*)リカ』

「うわー……。可愛すぎる……」

たかが笑顔の顔文字一つにも舞い上がってしまう。

会いたくて、好きすぎて。

ぴったりと閉じていた引き出しが開いてからお互いに、好きが溢れすぎて、自分でもどうしようもなかった。

―― 大甘へ続く

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です