「私たちって、そうですよね。慎ましいというか……。物欲ないわけじゃないのに」
「そうだね。エレメントの本領発揮?」
「こういうのもあり?」
ありだよ、と言う大祐が本当に子供みたいに笑っていて、その頭をくしゃくしゃに撫でたリカをひょいっと大祐が抱え上げる。
「そうだ!一緒にお風呂入ろう!寒いし、あったまるにはちょうどいいでしょ?俺にリカの髪洗わせて!」
「えぇ?!無理!そんなの無理だから」
「いーから、いいから。大丈夫、リカは先にお湯に入ってれば恥ずかしくないでしょ?」
そういう問題じゃないから、と逃げようとするリカを脱衣所に連れて行った大祐は、ちゅ、と軽いキスを繰り返しながら滅多に言わない我儘を通してしまった。
「……大祐さん、ずるい」
「うん。俺、リカに関してだけは我儘だし何でもありだから」
濡れた髪を乾かすことも、ふわふわになったリカの髪に何度も指を絡めながらリカを堪能したことも。
―― クリスマスなんてなくても、リカに関してはいつもだからね
徹底的に甘やかされた囁きを聞きながら、リカはうっとりと目を閉じる。
―― ほかの誰かと同じじゃなくても私たちらしいのが一番だよね
「……大祐さん。大好き」
「俺も。リカが大好きだよ」
想いを伝えるにはクリスマスもバレンタインもいい機会なのだろうが、伝えたい相手に伝えることの大事さを知っている二人だから、きっとそんなきっかけは関係がないのだろう。
部屋の中は暖かで、愛しい人がいるから。
……よい夢を。
我儘言ってごめんなさい、というリカに謝る必要など何もないといって連休が終わる日の夜に大祐は松島に帰って来た。
仕事は仕事だし、お互い様だからと言って帰った大祐は、3日間、リカが珍しく甘えてくれる機会が多くて、帰ってからもそれを思い出しては、頬が緩んでしまっていた。
「空井。思い出し笑い中に悪いが……」
「あっ!!はいっ、すみません。山本室長」
「いや、いいんだがこれを回してくれるか?」
慌てた大祐が跳ね上がるように立ち上がると、苦笑いを浮かべた山本が書類を机に置いて戻っていく。すぐに!と言って、それに目を通そうとした大祐にからかいの声が飛んだ。
「新婚さんだから仕方ないけどなぁ。愛しのリカぴょんとのお熱い記憶は昼休みまでとっておけよ」
「違っ!……すいません」
「久しぶりの連休だったからなぁ。3日間、家から一歩も出なかったんじゃねぇの?」
からかいの声にぼぼぼっと顔を赤くした大祐は、やめてくださいよ、とぼそぼそ反論を返す。そうはいっても、ついさっきまでの蕩けきった顔を見られていれば、どんな反論もあまり効き目があるわけではない。
「まあまあ。そうからかうな。空井がこんな顔をするようになっただけでもいいことなんだから。なあ、空井。別嬪の嫁さんもらったら、顔も緩むよなぁ」
「はいっ!いやっ。なんていうか、その……」
からかうなと言いながら追い打ちをかける山本にどっと笑いが広がる。今ばかりは頭をかいてやり過ごすしかなくて、困りきった大祐は、わざとらしく、この書類ですね、と話を切り替えた。
―― それもこれもリカが可愛すぎるんだよ
リカの気合の入った夕飯、というよりディナーはすごくおいしくて、本人は盛り付けが気に入らなかったようだが、大祐にはその気持ちが嬉しくて、そんなことはまったく気にならなかった。
大祐の我儘を聞いて、顔を真っ赤にしながら一緒にお風呂に入ったことも、恥じらいながらも大好きだといって攻め立てた大祐に縋り付いてきたことも。
弱々しい指がしがみついた跡がまだ大祐の長袖の制服の下に隠れている。
左手で片腕に触れた大祐は、ますます思い出してしまいそうになって席を立ちあがった。
「ちょっと休憩してきますっ」
逃げるように廊下に出た大祐は、ため息をついて大股に廊下の隅まで行くと携帯を取り出した。
新規メールを立ち上げて、リカ宛てにメールを打つ。
『お疲れ様。やっぱりイブは忙しい?俺はいつも通りの』
いつも通り惚気てましたと書いたらきっと怒られるだろう。からかわれたことも恥ずかしい失態だが、それもまあいいかと、続きを打った。
送信した後、缶コーヒーでも飲もうと思ってポケットを探っていると、携帯の振動音が聞こえて顔を上げる。
『あんまり恥ずかしいこと暴露しないでください!私はちゃんと仕事してますから。だって』
その続きを読んで、口元を覆ってしまう。
―― やばい。これはニヤついちゃうだろ……
『3日間大祐さんを充電させてもらったから頑張れます』
こんな可愛いことを言うから仕事中も思い出して顔が緩んでしまうのだといいたくなる。
携帯を閉じても、東京でどんな顔をしてこんなメールを打ってくれたのかと思うとなかなか顔が元に戻らない。困ったなと思っても本気で困っていないのだから、我ながらどうしようもないなと思った。
その日の間に、何度も皆にからかわれたものの、イブということもあって皆、定刻になると早々に引き揚げていった。
だいぶ寒くなったために暖気をしてから車を出した大祐は、官舎の駐車場に車を止めると冷えた空気に思わず肩を竦めて、足早に建物に入る。
錆びかけたポストをいつものように覗いた大祐は、チラシと電話の請求書らしい封書をつかんで部屋に入った。ばさっと机の上に放り出した後、着替えを済ませて手早く夕食を済ませる。
リカが戻ってくる時間を待ちながら、郵便物に手を伸ばした大祐は請求書の下から出てきた私製の封筒に手を伸ばした。
誰からだろうと思って裏を返すと、差出人にリカの名前が書かれている。
角封筒を開くと中からカードが出てきた。