FLEX27*~独占欲が変わるとき 2

入籍した時の、二人でピースしていた写真のほかに、今は寝起きのリカがふわふわの髪のまま、素顔で笑っている写真が入っている。先輩も後輩もなく、全力で阻止しようとするが相手もプロの集団だ。
力づくで大祐を抑え込んだ目の前で、男たちの手をパスケースが次々と渡っていく。

「こら!見るな!減る!!」
「減るわけねぇだろ!俺たちにもリカぴょんを見せろ!」

リカの笑顔に、皆、へらぁっと笑ったかと思うと、中には携帯を取り出して写メに収めるものまで出てくる。そのたびに、お前!絶対それ、消させるぞ!と大祐が叫ぶ。大騒ぎはますます加速して、反対側に渡された携帯のほうは、かろうじてロックしてあったが、待ち受けも当然リカの写真だった。

「うぉ!こっちのリカぴょんも、めっちゃ可愛いじゃねぇか!!」
「あぁっ!何やってるんですか!!駄目ですってば!!携帯も返してください!!くそ、お前らどけ!!」
「空井だけ幸せに惚気るなんて許されるわけねーだろ!」
「空井一尉も少し位、苦労してくださいっ!!」

―― そんなのするわけないだろ!

携帯のほうは、もっとまずくて待ち受けはまだ表でとった写真だが携帯の中には、リカの寝顔なども入っている。
真剣にやばい、と思った大祐の怒鳴り声も聞こえないくらいの大騒ぎが静まってきたのは、あちこちで好き勝手にリカの写真や待ち受けを携帯の写真に収めたからで、なんとかパスケースと携帯を取り返した大祐は、顔を真っ赤にしてじろりと隊員たちをにらみつけた。

不届きな真似をした者たちは全員覚えている。一人一人タックルをかまして、携帯を奪うとロックを解除させてフォルダのデータを消させた。

「お前ら!そろそろやめてやれ」

あちこちで、えー、というブーイングが上がったが、頭も制服もぐしゃぐしゃになった大祐は、一人も逃すまい、とデータを消して歩くことに夢中になっていた。
そこに島崎の追い打ちがかかった。

スマホの画面にはロックしていても着信したメールの本文が表示される設定になっている場合がある。
その文面を読んだ島崎が、げんなりした顔で声を上げた。

「空井の愛しのりかぴょんが頑張って掃除終わらせたら早めに松島に行きます、って言ってるからあんまり空井をいじめると生リカぴょん、みれねぇぞ!」

ざわっとその場にいた隊員たちが動きを止めたかと思うと、一斉に大祐から離れた。

「見せませんよ!!もう!!何で島崎さん、そんなこと知ってるんですか?!」
「この前りかぴょんが来た時に、何かあった時に連絡できるように教えてくれって言ったら教えてくれたぞ。さっき、この年末年始の休みにはいつこっちに来るんだって聞いたんだよ」
「えぇっ?!いつの間に!」

だだっと島崎に駆け寄った大祐が携帯を見ようとしてかじりつくが、島崎はわざとらしく目の前で携帯を閉じてポケットに入れてしまった。

離れて暮らしているということは、恋人期間がゼロに近い、大祐とリカにとっては都合がいいともいえた。
夫婦になったのだから、恥ずかしいことなどほとんどないだろうと言われればそんな風に簡単にはいかない。手早く掃除を終えてから、シャワーを浴びたリカは上下セットのお気に入りな下着に着替えた。

淡いブルーとグリーンが混ざったような、アップルグリーンの下着は空色を好んでいる大祐が可愛いと言ってくれたものだ。

一回分のパックを切って、顔に張り付けると、パックをしたままで爪を磨き始めた。こんな身づくろいの時間は、できる限り大祐には見られたくない。女が何もしなくてもきれいな爪で、きれいな肌でいられるわけではないのだ。

リカもこれまでは最低限の自分磨きはしていたが、今は週末に大祐に会える時間に合わせてパックやネイルをするようになった。

―― この前の連休は、随分寝不足だったうえに、今週はちょっと仕事を終わらせようと思って無理したから……

松島に行く前にパックの一つもして、ネイルを塗りなおして、きれいにしてから行きたかった。
寝不足というキーワードに連想してしまったリカは、急に恥ずかしくなって体用のボディミルクを塗り始める。

―― やだな。まるでそれを期待してるみたい……。期待って……!!

自分自身の考えが恥ずかしくなって、温かくしてある部屋の中でシャツを羽織った。長いこと、女として扱われたことのなかった体は、大祐によって包み込まれ、受け入れることを知って、自分自身でも驚くほど変わった気がする。
体の奥に自分自身でも知らない貪欲な熱があったなんて知らなかった。

大祐の傍にいれば、愛されたいと願う自分がいる。

甘え方を知らなかった自分が、甘えたいと思うことにも驚いているのに、そんな自分を受け止めてくれるからますますどうしていいのか自分でも持て余すほど、大祐の目に、言葉に、傍にいる熱に翻弄されてしまう。

―― こんな自分が恥ずかしくて仕方ないって言ったら、笑われるだろうから言わないけど……

綺麗なレースとアウターに響きにくい下着の上に、キャミソールを着て薄手のヒートテックを重ねる。ゆるっとしたニットワンピを着ると、少しだけ厚手のタイツを選んだ。
寒いからと何度も言われていたから、その上にスキニ―パンツを履くと、リカの華奢な体がますますすっきりと見える気がする。その姿に自分で及第点をつけたリカは、パックを剥がしてクリームで整えた肌に下地を塗って、パウダーを乗せる。

いつもより丁寧に化粧をして支度を整えると携帯を手にした。

松島に通うようになって、携帯から新幹線の予約ができるようにしてある。時間を検索すると、いつも仕事が終わってから行くよりも少しだけ早い時間に乗れそうだった。

東京駅までの時間を逆算しておいて停車駅の少ない新幹線を予約すると、リカはキャリーにすべての荷物を詰め込んで、バックと共に家を後にする。
ピアスも一番、好きなもので歩き出したリカの気持ちはもう、松島へと向かっていた。

『予定より、早く片づけが終わったので、早めに行くことにしました。自分で行くので大祐さんは気にせずおうちで待っててください』

「……っ、迎えに行くにきまってるだろ」

気が強いのか、遠慮なのか、仙台でもどこでも迎えに来てと言えば必ず迎えに行くのに、いつもリカはこんな風に言ってくる。だから大祐も必ず、同じことを返してしまう。

『迎えに行くから、仙台についたら連絡して。松島海岸なら間に合うから。必ず連絡して』

しばらくすると、わかりました、とだけ返信が帰ってきた。初めから素直にそう言ってくれればいいのにと思うが、それも可愛いところなのだから仕方がない。
昼間よりもぐっと気温が下がってきたとわかるのは部屋の温度が下がってきたからだ。

顔を上げた大祐は、表に視線を向けた。
曇った空からは今にも雪が降り出しそうである。

「ああ。寒くなってきたなぁ。このまま夜は降るかもしれないな」

大祐の様子につられて表を見た山本は、崩れてきた天気に立ち上がって表を見た。このあたりでは、雪が降っても太平洋側だけに豪雪とまではいかない。だが、そのために新幹線が遅れることはある。

「あまり降らないといいですね」
「そうだなぁ。空井、嫁さんは明日来るんだろう?今夜、積もったら明日は電車が怪しくなるなぁ」
「いえ!早く終わったからこれからこっちに向かってくるようなので、それまではもってくれるんじゃないかと」

しばらく前までのしょぼくれた感じを漂わせていた大祐が急に元気になったのを見て、しょうがない奴だと苦笑いを浮かべた。ハンガーでの大騒ぎは聞こえていたし、ほかの隊員たちも参加したくて、うずうずしていたのを室内に留めるので精一杯だったのだ。

「あんまり周りの奴らを煽るなよ。お前が幸せなのは喜ばしいことだが、もう少し、なんだ。周りのこともな」
「まわり……ですか。自分、それほど配慮がたりなかったでしょうか」
「いや、そういうことじゃないんだが……」

どういえば大祐にそのことが伝わるのかと思った山本は、首をひねっている大祐には無理かな、と苦虫を噛みしめる。
大祐の様子は定期的に問い合わせが来る相手にもメールで返していた。つい、今日も朝早くからそんなメールのやり取りがあった後のことである。詐欺師鷺坂のネットワークは健在で、時折、空井の様子を尋ねてくるのだ。

ふーっと椅子に寄り掛かった山本の目の前にあるモニターをみて、軽くマウスを動かすと、鷺坂からのメールを開く。

『あいつが執念と言えるくらい惚れた女だからな。……元パイロットにあるまじき極小視界なのは認めるけど、困った奴だなぁ。面倒なことにならなきゃいいけど』

大丈夫です、と返事を返したのは間違いだっただろうか。
急に不安になった山本は、外の天気と合わせてどうするべきかと迷った挙句、続報だといってメールを出した。

投稿者 kogetsu

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