時間も時間なのでレストハウスには人が多くない。カフェオレを買って、一人待っていたリカの傍に若い男性が一人近づいてきた。
「あの、先ほど助けてくださった自衛隊の方の……」
「あ、はい。そうです」
ほっと笑った男性は、かぶっていたニット帽を脱いで頭を下げる。
「あの、お話伺いました。スキー、したことなくて来たところなのに、ご迷惑かけてすみませんでした」
「ああ、いえ。大丈夫です。夫がこちらに住んでますからきっとまた来る機会はありますし」
「え、こっちに住んでって」
「私は、東京なんです。別居婚してて……。それより、お友達大丈夫?」
頷いた男性は、片手にクレープを持っていて、それをすっと差し出した。
先ほどリカがレストハウスで待っているという話を聞いて、一足先に着替えて急いで買いに走ったらしい。チョコレートの温かいクレープはリカもほんのり温かくなった。
「おかげさまで、さっき連絡取れて、大丈夫みたいです。これから仲間と荷物持って病院行きます。それで、皆さんのご連絡先を伺いたいんです。後で、本人たちからもお礼させますんで」
その言い方にリカが曖昧に微笑んだ。
お礼と言っても彼らにとっては当たり前のことをしただけだというにお礼をしたいと言われれば間違いなく断るだろう。
相手の様子を見ていたリカはふと思いついたことを口にする。
「あなたは、学校で役員とかされてました?」
「あ、はい。大学の運営委員会をやってます」
「なるほどね。どうりできちんとしてらっしゃると思いました。それなら余計にわかると思いますが、彼らは自衛隊員なので、当然のことをしただけだと思います。だから、お礼などは気になさらないでください。ただ、怪我の様子だけその後連絡してもらえばいいかなと……」
もちろんです、と言った彼に航空自衛隊松島基地にの広報に連絡してくれるように言う。
「空井というものがおりますので、彼に連絡してください」
「ありがとうございます。必ず、そうさせます」
ぺこっと頭を下げた男性に、これ、いただきますね、と笑うともちろんです、と初めて思い切り笑った男性は、じゃあ、と言ってレストハウスを出て行った。
せっかく温かいし、このまま持っていてはクリームが溶けるし、と思っているとタイミングよく着替えの終わった大祐たちがレストハウスに入ってきた。
「リカさん、お待たせしました」
「とんだことになっちゃって、すっかり冷えたでしょう」
「いえ、一人で温かいの飲んでのんびりお待ちしてました。それより、さっきのあの、男性の一人がさっき、来てこれもらっちゃいました」
温かなクレープを見せると、お礼がそれだということに皆がふっと微笑んだ。
「よかったじゃない。食べなよ。それはリカがもらったんだからさ」
「一人で食べちゃうのもなって……。一応、皆さんに話してから頂こうと思ってたとこ。でね……」
お礼をしたいから連絡先を教えてくれと粘られたことを話すと、やはり思った通り、当然のことをしただけなのでと同じことを口にする。
―― やっぱりね
「はい。ですから、怪我の様子だけ後でいいので教えてくださいって伝えておきました。連絡先は航空自衛隊松島基地の広報にいる空井というものにお願いします、って。OK?」
「……さすが、りかぴょんさんだ。すげぇ!すげぇ、やっぱりすごいっす。空井さんのりかぴょんさんってこういうすごい人なんですね!」
リカの言葉に顔を見合わせていた市川たちの中で、三井がストレートに叫んだ。
大祐が、声が大きい、と飛び跳ねて喜ぶ三井の頭を押さえこむ。
「十分です。どうもありがとう」
「よかったです。皆さんもお疲れ様でした。お怪我がなくて何よりです」
行こうか、と言われて、カフェオレは飲み終わっていたが、まだ手つかずのクレープを持ったリカの肩から大祐が荷物を引き取る。
「それ持って車で食べたら?もう日が落ちるから、気温が下がるし、ナイターの客が上がってくる時間だから」
「あ、はい」
その言葉に従って、クレープだけを手にするという格好で大祐の後に続いて駐車場に向かう。先についてエンジンをかけていた江口たちは、荷物を積み込んでいる最中だった。先に大祐もエンジンをかけると、荷物を積み込む。
一人、することがなくて2台の間に立っていたリカの傍に成田が何か言いたげに近づいてきた。
「リカさん、そうしてると、ウサギみたいですね。ウサギって、グレーとか茶色の柄が入ってて、白くてふわふわしてて」
「下はグレーですよ?」
上は薄いグレーのニットだが、下は濃いブラックのパンツである。その上に着ている白いダウンのフードについているふわふわの毛だけの印象だろう、と思っていると、ひょい、と車の間から顔を出した市川が俺もそう思う!と叫んだ。
「やっぱり、『ぴょん』だけはある!」
「なんですか、その『ぴょん』って!」
いや、何となく?と、無責任な軽口が交わされて、来た時のように笑いあう。
先に車に乗って、と言われて助手席にリカが乗り込んでいる間に、江口と帰り道の話をした大祐は、江口たちの車が先になって、来たときと同じように帰り道を辿った。
「もう真っ暗」
「うん、早いよね」
どろっとしてきた感触に慌てて大祐にも手伝ってもらいながらクレープを食べ終えたリカは、しばらくの間は、外をまじまじと眺めていた。
「あのね。昔、“私をスキーに連れてって”って映画があったの知ってる?」
「うーん……。最近の映画だったら少しはわかるけど」
「ま、そうだよね。そう言うトレンディドラマの延長みたいな映画があったのよ」
スキー場で出会った二人が恋に落ちるというラブストーリーだった。サーファーにしてもしかりだが、やはりそのパターンは多いという。正直、どうしてそういうことになるのか、映画を見たときは全くリカには理解できないでいた。
「いくらスキー場で知らない人に助けてもらってもいきなり恋に落ちたりしないでしょってずっと思ってたのよね。当時はそういう出会いもねぇって。でも、今日、大祐さん達を見てたらちょっとそんな気持ちもわからなくないなって思っちゃった」
「えぇ?どういうこと?」
「だって……。訓練してるからっていうのはもちろんあるのもわかってるし、大祐さん達にとっては当たり前のことだって言うのもわかってるんだけど、やっぱりかっこよかったの」
彼らのことを、災害や激烈な訓練の場ではなく、不意の場面で、見てしまうとやっぱりいくら頭でわかっていても、ちらっと女としてかっこいいな、と思ってしまった。
もちろん、事故の場面であり、生死にかかわるようなものではなかったが、それでも怪我をした人たちがいる。
だから、浮ついてかっこいいなんて言ってはいけないこともわかっているが、それでも恋に落ちてしまう人の気持ちがわかるような気がしたのだ。
「俺は、ほとんど何もできなかったし、あいつらみたいにシーズン中、何度も来てるわけじゃないしね」
事故の状況を話していると、パトロールにもスタッフにもそれぞれ何人か江口や市川たち、それぞれを知っているスタッフがでてきて、彼らがいてくれてよかった、と待っていたリカは聞かされた。
「皆さん、いつも何かあった時は協力してるってスタッフさん達が言ってた」
「まあね。遭遇したら見て見ぬふりをしないのは俺達じゃなくても同じでしょ?」
「そうだけど……」
きっと、彼ら自身にはこの気持ちはわからないだろう。
外を向いていたリカが運転している大祐の方へと向きを変えた。