「ん?何?」
「ううん。大祐さんと一緒にいると知らなかったものにたくさん出会えるから楽しい」
「……っ!ごほっ。何?いきなり……」
前の車を追いかけてゆっくりと走っていた大祐がリカの言葉に思い切り咳き込む。
山の表側、もう一つのスキー場のあたりまでは山の陰になっていて、雪もたっぷり残っているし、路面も凍りかけているから、前を走る車もゆっくり走っている。咳き込んだ勢いで軽くブレーキを踏んでしまった車は前の車と少し間が開いてしまう。
落ち着いてアクセルに足を戻した大祐は、口元が緩みそうになるのを押さえて、前の車のテールランプを見つめた。
「それに、私も……」
単に、下手なスキーヤーやボーダーをチェックしていただけなのだとわかっているが、女性客に目を向ける大祐が嫌で仕方なかった。
―― 私も、嫉妬するの。女の嫉妬の方が、見境がなくて、汚いかもしれない……
「私も、何?」
「私も、大祐さんともう少し滑れるくらいになりたいなってこと」
「ああ。そうだね、リカなら後何回か滑ったら……」
リカがスキーを気に入ったことを嬉しそうに話す大祐の横顔を見ながら、リカは胸の内でごめんね、と小さく謝った。
―― だって、私、大祐さんのこと、独り占めしたいんだもの……
「……でしょ?リカ?」
静かになった助手席にちらりと視線を向けた大祐はそこにすやすやと眠るリカの顔を見て、おや、と思う。
普段ならどれだけ疲れていても、運転している人に悪いからと言って、車に乗っていて寝てしまうことはない。そんなリカが、寝不足の上にスキーで疲れたのもあるのだろう。
シートにもたれかかってすうすう、と寝息を立てている。信号で止まったタイミングで、大祐は後ろのシートに置いてあった自分のジャケットを引き寄せてリカにかけてやった。
帰り道の途中で、前を走る車が少し早い場所でウインカーを上げた。
素直にそれについて駐車場に入ると、車から降りてきた市川が近づいてくる。大祐もそれを見て車から降りた。
「どした?」
「夕飯、どうかと思って」
車を停めた駐車場は、ファミレスのもので、地元ではそこそこ美味いと言われている店だ。
「あー……。そっか。帰ったら結構いい時間だしな」
「なんかあるのか?」
「いや、ちょっと聞いてみる」
車に戻ると、車が止まったのと大祐が下りた時の様子で目が覚めたらしい。リカが周りを見回していた。
「リカ。起きた?」
「ん……っ。ごめんなさい、寝ちゃった……」
「いいんだよ。あのさ、ここでご飯にしないかって。どう?食べられそう?」
寝ていたせいでふわふわになったリカの髪をそっと撫でてやる。
「あ、はい。行きますっ」
「じゃあ、ゆっくりでいいよ。用意してからおいで、寒いから」
頷いたリカがシートベルトを外している間に、大祐は市川たちの車のもとに戻った。
「いいみたいだから、ここにしよう」
「おっけ。じゃあ、先に行って席とっとくか?」
「ああ」
市川が車に片手を上げると向こうの車の中でもごそごそと支度をしているらしく、大きなパジェロが揺れてから男達が下りてくる。
「おーっ。疲れた疲れた。お疲れ!」
「お疲れさん」
先に席を、と言っていたが、支度をしてきたリカがバックを持って追いついてきて、結局全員で店に入った。
和食がメインだが、鍋もありファミリーが多くてにぎわっている。その中でもテーブル席の奥を陣取った。
奥に、と言われたが遠慮したリカが一番手前の席に座り、その隣に大祐が座った。
「リカさん、疲れました?」
「少し。でも平気ですよ」
ついさっきまで眠っていたリカは、ほんのりと頬がピンクになっていて、ふわっとしたニットを着た姿に4人の視線が集まる。
「お腹すきましたね。……って、私の顔に何かついてます?」
まじまじと集まる視線にリカが隣に座っている大祐を不安そうな顔で見た。
肘をついてその手の上に顎を乗せた大祐がじと、と4人を睨みつける。彼らがまじまじとリカを見ている理由が何となくわかる気がして、少しずつ不機嫌になりそうな自分にごほ、とわざとらしく咳をしてみせた。
「何もついてないから。気にしなくても大丈夫です」
リカにはそう言いながらも噛みつきそうな顔でリアクションだけをして見せた大祐に集まっていた視線が離れる。
「……ケチくせぇ」
「あ゛?」
市川か江口のどちらかがぼそりと呟いた言葉に大祐が反応してしまう。
慌てて三井が一番奥から声をかけた。
「空井一尉!あのっ、年末年始はどうされるんですか?ずっとこっちにいらっしゃるとか……。あっ、空井一尉のご実家に行かれるとか?」
はーっと剣呑なため息を吐いた後、渋々と予定を話す。大祐の実家には正月は行かないことになっていたのだ。
「うちはぎりぎりまで仕事してると思うんで、正月はいつも帰らないんだよ」
「そうなんすか。じゃあ、リカさんのご実家だけなんですね。てことは、あとは二人きりっていう……。う、うらやましい……」
思わず本音が出た三井の頭を腰を浮かせた大祐がばしっと叩いた。
「ちょ、大祐さん!」
「いいんだってば。甘やかさないで。俺なんかもっとひどい目に合ってるし」
基地では何かと言えばからかわれて、惚気で対抗する大祐が最後にはもみくちゃにされるということを繰り返しているのだ。軽く頭を叩くくらいなんでもないだろう。
だが、その事実を知らないリカは、駄目だってば、と小声で言いかえしている。
「大丈夫ですよ。リカさん。空井がこういう反撃をするのはあんまりないんですから」
「そうそう、三井にくらいいくらでも」
ひどいっすよ、先輩、という三井のボヤキを無視して男3人が好き勝手を言う。こういう時はからかわれやすい大祐のような男か、三井のような立場になる。
「お前、正月一杯、幸せを堪能するんだから少しくらい俺らにも分けろ」
「んなわけねえだろ。絶対ない」
「けっ、今の間に『リカぴょん』堪能しちゃる」
掛け合いの間にずい、と身を乗り出した江口たちの前でリカを庇うように大祐が体で邪魔をしようとする。
『リカぴょん』と呼ばれて、顔が引きつったが大祐の肩をそっとリカが手で引いた。