「大祐さん。それより、皆さんはどうされるんですか?」
「まあ、家に帰るよりはこのまま部屋でのんびりかな」
「そうだな、帰るにも渋滞もあるし、飛行機組も高いからなかなかね」
確かに、何かあっても移動はただでさえ大変なのだから仕方がない。
「リカさんのご実家は東京なんですね。いいなー。きれいな女の人がいっぱい……」
「お前、脳みそ、ダダ漏れしてるから」
「だって、リカぴょんさんって」
さすがに2回目の『リカぴょん』にぴくと頬をひきつらせたリカが、リカぴょんはやめてください、というと三井がすみません!と立ち上がって頭を下げる。
その姿は、大祐で何度もみたあの姿勢で、店内の視線が集まってしまう。
「ちょ、やめてください!気を付けてくださればいいですから……」
「そうだ。お前らに『リカぴょん』なんて禁止だ、禁止」
「大祐さんが初めに余計は事を言わなければ!!」
「う……。はい。スミマセン」
もう、とぷりぷり怒っているリカを前に男5人が項垂れるという、周りからは何事だと視線を集めはしたが、和やかに食事を済ませると、再び車に乗り込んだ。
官舎についてから解散と言うことになってじゃあ、またと声がかかる。
「あのウェアとかクリーニングしてお返ししますから」
「いやいや、そのままでいいよ。このままもってくから。どうせ正月にクリーニング屋なんかやってないし、1回滑ったくらいでそんなのみんな出さないから」
「でもグローブとか濡れてしまいましたし」
申し訳ない、というリカから皆があっという間にウェアやらグローブを引き上げていく。大祐も、そのまま返していいよと声をかけた。
「俺から後で貸してくれた人たちにはお礼しておくから。それにお正月だから返すタイミング、あと無くなるでしょ?」
「じゃあ……。後ででいいので貸してくださった方教えてくださいね。絶対」
自分でもお礼がしたいから、というリカに頷くと、お疲れ様と声をかけてあちこち、それぞれの部屋へと散っていった。
「リカ。俺達も入ろう」
バックを抱えて部屋に戻ると、冷えた部屋を暖めるためにエアコンをつける。すぐに大祐はお風呂に湯を張った。
「ゆっくりお風呂入った方がいいよ」
手を拭きながら部屋に戻ってきた大祐は、鞄を片付けていたリカを背後からぎゅっと抱きしめた。
「何?急に、どうしたの」
「うん。ちょっとだけ。ちょっとでいいからこうしてて」
「なぁに」
笑いを含んだリカが回された腕をとんとん、と叩く。
ニットの手触りごとリカを抱きしめていると、成田が言っていたことを思いだした。もともとは、大祐がリカぴょんと呼んでいたからウサギみたいだと連想したらしいが、その柔らかな感触に本当だなと思う。
「リカぴょん」
「こら。リカぴょん禁止ですよ」
「うん。りかぴょんさん」
「それも一緒ですっ」
ぷりぷりと怒ったリカをうん、と耳元で笑う声が包み込んだ。
―― だって、なんかいいなって思うんだよ
「大祐さん。スキーウェア、真っ白があったらよかったかな」
「んー?なんで?」
「そしたら、雪ウサギになってましたよ」
腕を緩めた大祐が後ろからリカの顔を覗き込んだ。
「白いウェアは駄目だよ。もし何かあった時に、雪のなかじゃ白で発見が遅れるでしょ?」
至極、真面目にそう言い返されて目を丸くしたリカがうん、と頷いた。
本当は、もしものことがあっても大祐が見つけてくれるでしょう?と思っていたが、すぐに思い直す。そんな少女じみた妄想より、現実はそうならないようにすることが大事なのだと知っているから。
「当分は、レンタルで十分。それよりも、大祐さんと一緒にしてみたいことも行ってみたいところもたくさんあるんだから。それに、今日、ビデオ撮れなかったのが悔しい」
「ビデオ?持ってったの?」
「うん。カメラにもなる奴、この前買ったの。写真、撮りはじめてからやっぱりビデオの方が慣れてるから、あとで写真もおこせるしいいかなって」
仕事でかつてリカが持っていたものよりもだいぶ軽くなったハンディカメラを鞄から取り出す。体の向きを変えて、大祐の手にそれを乗せると、面白がって大祐がモニターを開いた。
「懐かしいな。俺も随分こうやってリカに撮られたよね」
「やだ、私は撮らないでくださいね」
「えー。俺だってたくさん撮られたんだからいいでしょ?」
録画ボタンを押すと、少し拗ねた顔のリカが映る。
それをリカの手がぱたん、とモニターを閉じて停止ボタンを押した。
「駄目」
「ちぇ。俺ももっとリカぴょんの写真欲しいんですけど?」
「それは……、私、写真苦手だし……」
それに、とぶつぶつ呟いたリカがぱっと逃げるようにバスルームに移動していく。
―― 大祐さんの目に映っていれば十分じゃないですか
呆気にとられてその場に残された大祐が、ふっと嬉しそうに笑った。
―― なんて可愛いことを言うんだろう……
いつも撮りきれないほどこの目に焼き付けているのは当たり前じゃないか。それでも欲しくなるんだと言ったらどういう顔をするんだろう。
立ち上がると、がしゃん、と風呂場に逃げ込んだウサギを追いかける。
「ねぇ、リカ。一緒に入っていい?」
「えっ、駄目っ!急になんで」
「今日は寒かったから温まってマッサージしようかなって。駄目?」
こういえば、リカはNOと言わないとわかっていて、少しずるいかなと思いながら服を脱いで膝からサポーターとテーピングを外す。
バスルームの中からは慌ててシャワーを止めた音がして、水音が続く。
「じゃ、じゃあ……。私はすぐ出るから……」
「いいの?」
よし、っと笑みを浮かべた大祐はバスルームのドアを開いた。