先に服を身に着けた大祐は、リカがバスルームに入った後、どっぷりと後悔しながら洗濯機の前にいた。
ふわふわだった毛布も汚してしまったので、寄り掛かった背中の方で、今はぐるぐるとまわっている。リカの着替えと共にこれだけ温かくしている部屋の中だし、毛布は寝るまでには、着替えも遅くても明日の朝までには乾くだろう。
―― ……っかしいなぁ。リカが起きた時までは平気だったのに……
正確に言えば平気だったわけではないが、まだ理性があった気がする。
まるで覚えたての若造じゃあるまいし、と自分で自分を責めたくなるがどうしてもリカを前にすると、鉄壁だったはずの自分の理性は羽が生えたようになるらしい。
かたんと音がしてシャワーを止めた気配にはっと顔を上げる。すす、と少しだけ開いた戸の隙間から手が伸びて扉にかけてあったタオルを手にすると、再び戸が閉まる。
出てくる目の前に立っていたら怒るかな、とうろうろ部屋の方へ行きかけたその背中で戸が大きく開いた。
「きゃっ。なんでそんなところに立ってるの?」
「あ、いや、何となく、洗濯機回してそのまんま……」
「びっくりした……」
はにかんだような笑顔がタオルに身を包んだまま、そそくさと目の前を通り過ぎていく。部屋の奥に隠れてしまったリカが着替えを終えて姿を見せたところに、項垂れた大祐が頭を下げた。
「ごめん……。その、体、きつくない?」
「あ、うん……。思ったよりは……。ちょっと驚いたけど」
「え、驚いたって何に?」
荒っぽかったからだろうか、と顔を上げた大祐に濡れたタオルで顔を隠したリカがそんなの言えません!と言って、洗濯機の方へ逃げていく。
―― まさか、いつもより大きかったから驚いたなんていえるわけないっ!
きゃーっと一人恥ずかしくなって、タオルを握りしめたリカは、もう終わりかけの表示を見て、洗濯かごにタオルを置いた。
「はぁ……」
―― なんて恥ずかしい……
正面から顔を見るのも照れくさい気がしたが、先日の大祐の言葉を思い出して、ひょこっと顔を覗かせた。
「そんなに気にしないで、ね?」
「えっ」
「私、そんなに壊れ物じゃないし、旦那様にちょっと求められたくらい、大丈夫」
はにかんだリカの前に、ふにゃっと顔が崩れて大祐が頷いた。
自分の無茶な我儘に怒ったり、泣いたりしていたリカの思いがけない笑顔に胸を射抜かれた気がする。
ぺたぺたと近づいたリカがぎゅっと大祐の大きな体を抱きしめると、逆にぎこちなく腕が回された。
「ありがとう……」
「ありがとうって……。変なの。ふふっ、当然でしょ?」
「うん。でも、それをちゃんと教えてくれてありがとう」
ぽん、と勢いをつけるように大祐の背を叩くとリカが離れた。
「へへ。そろそろ、ご飯の支度するね」
「手伝うよ」
「うん。でも、盛り付けるだけだよ?」
元旦におせちと言っても東京と松島で移動する予定なので、と雰囲気だけもう楽しむ話をしていたから、お皿の上は華やかだ。
和洋折衷で、しかもほとんどは出来合いのものだがそれでも二人で食べるには十分だった。
「あのね。これだけ、ちょっと作ってきたから自信ないんだけど……」
「えぇっ?これ、リカが作ったの?」
「うん。きんとんだけは家にいた時に私が担当だったの。だから、たぶん大丈夫だと思う」
冷凍した状態で持ってきたものを冷蔵庫で解凍していたものだ。
小さな器に盛り付けて、上に栗を乗せる。
端からこぼれそうになっていた黄色の塊を大祐の指が掬い取った。
「あ、こら」
「うわ、美味しいよ」
「甘すぎない?」
「俺にはちょうどいい。もっと甘くてもいいくらい」
それは行き過ぎでしょ、と笑ったリカと一緒にあれこれとつつき合った。そして、次の日は家から出ないまま二人でふざけ合って、1日過ごしてからネットで予約しようとしていた新幹線が思いのほか混んでいることを知ったのだ。
どうしよう、と何度も話した後、早めに東京に向かうことにして元旦の午後、ほとんど停車駅の少ない列車だったが、がらがらの新幹線に乗って東京についたのだった。
大祐の荷物は例によってそれほど多くないが、リカは持っていったキャリーを持って帰ってきたために、人混みに疲れていた。
「だから持つってば」
「いいんです。私、自分の鞄を男の人に持ってもらうの、苦手なんです」
階段しかないところだけは、大祐に持ってもらったものの、キャリーとして引っ張って歩けるのだからと言って、リカはそこそこ重いはずのキャリーを自分で引いている。途中、何度か大祐が持つと言っても譲らないリカの手から、最後の最後で奪い取る。
「もう家の前だから少しくらい俺にも持たせて?」
「でも……」
「いいから、リカはこっちのお土産の袋持って。結構ぶつけちゃったかな」
渡された紙袋を心配そうに覗き込んだリカを見て、ふっと大祐が笑った。多少はぶつけたかもしれないが、箱が潰れたりするようなことをするはずがない。
その隙に、がらがらとキャリーを引いて大祐はリカのマンションの入り口に入っていく。
エレベータのボタンを押して、人気の少ないマンションのポストを開いたリカは、束になった年賀状を手に大祐のもとに駆け寄った。
「大祐さんのもこっちに着てるみたい」
「あ、結婚式の招待状、こっちにしたからかな」
松島を出てくるときには同僚たちからの何枚かしか届いていなかった年賀状とは比べ物にならない量である。
キャリーを引いて部屋に戻ると、ひとまず落ち着いてから二人で年賀状を見始めた。