「すごいね。全部でどのくらいあるの?」
疲れて荷物を開けるのを後回しにしたリカに俺がやると言って、押し問答をした挙句、大祐がコーヒーを入れることで手を打った
マグカップを前にして二人で1枚ずつ年賀状を見ていく。
「これは……、前に取材しておいしかったから、最後に自分でも買って、実家に送ったんです。そしたら毎年律儀に送ってくださって……」
お中元とお歳暮はかたくなに拒否したたが、年賀状だけは気持ちだからと受け取っている。今どきの店ならあり得ないだろうが、下町の昔からある小さな人気店ならではだ。
「これは?」
「これは大学の同級生です。うわ、もう、恥ずかしい……」
独身の女友達から来た年賀はがきには、男前の旦那からいい人紹介して!と心の叫びのような一言が書き添えてあった。くすくすと笑いながら、自衛官でもよければ、男前かどうかはさておき紹介できるよ、とおどけた大祐に、見なかったことにして、と呟いた。
「あ、これは、これも大学の、ね」
ひらりと裏返して大学や知人関係の山に乗せた1枚を拾い上げて裏を返す。
つとめて平静にしているが、リカの気まずそうな顔からしても顔が引きつりそうになる。
「大学の、ね」
もう一度リカのセリフを口に乗せた。
結婚式の招待状を送ったのは、ごく身近な友人たちだけで、それ以外の友人たちではまだリカが結婚したことを知る人が多くない。まして、たまにの連絡だけで、あとはこういう年賀状のやり取りが続いているような相手は当然ながら知らない場合が多い。
『今年こそデートしような』
男名前で送られてきたセンスのいいデザインに手書きで書かれたそれを友人知人の山に戻す。
まあ、この程度は大祐にとっても想像の範囲内だ。
リカほどの女性が、いくら本人が無自覚とはいえ、アプローチをかける男がいなかったはずがない。
「もちろん、気にはするけど、こういうのも全部見せて」
「う……、はい。でもね、誓って言うけど、一度もデートなんかしたことないから!この先輩、誰にでもそういうの!」
「まあ、誰にでも言う人だとしても、卒業して何年もたってるのにこういうこと年賀状には書かないと思うよ」
だったら、もっと積極的に連絡を取ってくるだろうから、そこまでに至らないのだということで割り引いて考えることもできなくはない。
そう自分に言い聞かせた大祐は、ひらっと連名で届いた1枚をリカがめくったところで眉間にはっきりと皺を寄せた。
『新婚早々、楽しい正月迎えてますか?遠距離で寂しい時はいつでも連絡待ってまーす』
ふざけた絵が描かれていて、どうやら2次会に着ていた人物らしい。本気ではないことはその絵柄とコメントでわからなくもないが、それでもはっきりと曇った大祐の顔に、リカが慌てた。
「皆、ガツガツの私がって藤枝あたりから吹き込まれてるから、もう!ふざけた友人ばっかりで」
「リカが謝ることじゃないでしょ」
ぴしゃりとそう言うと、何枚かは互いの親戚からの年賀状が続いた。これは、誰で、これが誰で、とお互いの説明をして式に来てくれていたあの人で、と話しながら、気まずい雰囲気が流れてほっとしていると、可愛らしい文字で連名のはがきを裏返した。
「……」
「リカ?」
先にはがきを目の前に持ち上げて文面を読んだリカがすっと大祐に差し出す。
『空井さん、稲葉さんご結婚おめでとうございます!お祝いに駆けつけられずスミマセン!久々に再会した空井さんはめちゃくちゃかっこよくなってて、ちょっと悔しいですが、どうぞお幸せに!今年もよい1年でありますように』
「秋恵ちゃんだ……」
「大祐さん宛ですね」
「え?だって、二人宛だよ?」
この手の話に、リカを鈍いという大祐も相当鈍いんじゃないかと思ったリカはあっさりとスルーする。どう見ても、大祐宛じゃないかと言いたいが、それを言うのも悔しい。
その後は、何枚か大祐宛の年賀状が続く。しかも、松島基地の女性隊員らしいことで今度はリカの顔が強張り始める。
「これも、これも大祐さん宛ですね」
「ほんとだ。へー。わざわざ東京宛にしなくても官舎って書けば届くのに」
それを聞いたリカは、口を開きかけたものの、苦い一言をコーヒーで飲み込んだ。
同じ基地に勤めていて、わざわざ新婚のリカの住所に大祐宛の年賀状を送るなんて、わざとに決まっているではないか。大祐の言うとおり、官舎と住所を書けば大体届くものだがそれをせずに、東京の住所を知っている隊員から聞き出してこちらに送ってくるとなれば、リカに向けての嫌味か、悔し紛れか。
そう思ったが、それを言っても大祐はまさか、と笑って否定するだろう。
そんな大祐だからこそ、文面は当たり障りのない、可愛らしい年賀状を送ってきたりするのだ。
「……大祐さんって、基地でもモテるんですね」
わかってたけど、と思わずつぶやいてしまったリカに、案の定、まさか、と返ってくる。
「リカと違って俺なんかモテたことなんかないよ」
「私だってモテたことなんかないです。さっきみたいなのは年賀状のおふざけで、皆本気じゃないし。大祐さんのことは信じてるけど、こういうことしてくるのはちょっと腹が立つ……」
むう、と呟いたリカに怪訝そうな顔を向けた大祐はもう一度届いた年賀状を読み返した。特に、リカに届いたもののような挑発的な言葉は書かれていないただの年賀状である。
「……いいんですけど。その方たちに年賀状出してますか?」
「いや……、住所知らなかったし」
「じゃあ、あとで作りますから出しましょう」
リカの勢いに気圧されるように大祐の手にあった年賀状は、折り返し返信を出すものの山に乗った。
その幾枚かを過ぎると今度は帝都テレビの塊だ。社長の印刷されて社員に対して一斉に発送されたものはあっさりとスルーすると、阿久津や坂手、珠輝からもデコシールでいっぱいの年賀状が届いていた。
さすがにそれらは揃って覗き込みながら穏やかに読み進められる。そして藤枝からの年賀状は西暦に干支をあしらったシンプルなもので、ほとんどが余白というデザインの隅に一言書かれていた。
『惚気もほどほどに』
「なっ!惚気てなんかいないから!もうっ、あいつ~っ」
―― へえ。リカも職場で惚気たりしてくれてるんだ
そう思った途端、大祐の機嫌が急によくなる。いつもリカに余計なことを言わないでと言われているが、リカが惚気てくれていると聞けば別なのだ。
元広報室の面々からも届いていて、比嘉からは、お二人とも仲良く楽しい1年を!と初めて見る家族写真の年賀状である。
「比嘉さんの奥さん、美人!」
「うん、すごい美人だ!……これ、きっと片山さんに行ってるやつと違う気がする」
二人そろって覗き込みながらリカも素直に頷いた。間違いなく、片山には判で押したような当たり障りのない年賀状だろう。
槇と柚木の年賀状は、子供の写真が全面に出ていて、きっとお宮参りか何かの写真を写真スタジオでとっていて、それを年賀状印刷に回したのだろう。
面倒くさがりな柚木らしく、一言書き添えるようなスペースもほとんどないものだったが、小さくまた一緒に飲もう!と書いてあった。
「これ、作ったの絶対」
「「柚木三佐(さん)だ」」
二人の声が重なって、同時に吹き出してしまう。きっと槇がやるというのを手書きの部分が多いのは嫌だと言い、住所録から槇と二人分の宛名を印刷したのも柚木だろう。
手伝うと言っても手を出させてもらえなかっただろう、槙の顔が思い浮かぶ。
次は、片山からの年賀状だった。