FLEX51*~家族と彼と絵に描いたようなドラマ 5

「……大祐さん、片山さんに『ダイスケベ』って書かれてる」
「……っ、片山さんに今更何を言ってもだけど」
「こんな呼ばれ方してたの?」

呼ばれ方をする何かがあるのかという疑問も含んだ視線に大祐がぶんぶんと首を振った。
確かにリカに対してはそう言われても仕方がないかもしれないが、外でそれを悟られるような真似をした覚えなどない。

「ないっ!ないよ!絶対!」

これまでの座談会に引き込まれた時にも逃げ切ったはずだと思っている。
ただ、ジャイアンのような片山にその理屈が通じるはずもない。

「ダイスケベ……」
「ち、違う……とは言えない時もあるけど、基本的には!!」
「基本的って何?」

しどろもどろになって否定し始めた大祐に、なぜかそこだけはリカが畳み掛ける。先ほどの、女子隊員の事が尾を引いているのか、その目は妙に鋭い。

「だから、その、ね。あなたと二人きりの時は例外として、普段はってことなんだけど」
「だって、二人きりの時なんて、片山さんは知らないでしょう?なのに言われるってことは……」

基地にいるときや、そのほかでもスケベと思われるような何かがあるのではないか。
そんな疑惑に満ちた視線に真剣に言い返す。

「ちょ、待ってよ!あの片山さんが言う事だから!真面目に受け取るところじゃないでしょ!」
「……ふうん?」
「リカさん?!」

年賀状は、市販の印刷されたものだったがそれに女文字のようなきれいな字で書かれていた。

『休みが長いからって、いちゃいちゃしすぎて稲ぴょんに嫌われるなよ。大祐のダイスケベ~!!』

これで、武骨に書きなぐっていれば片山らしいと言えたが、ものすごく達筆できれいな筆跡だけに、違和感極まりない。
いつまでもそこから離れないリカからぱっと大祐がはがきを取り上げた。

「次いこう、次」

ひらりとめくると石橋からで、遠距離の彼女とついに婚約したらしい。それについても片山が悔しがっていたことを思い出す。
自分もプロポーズが成功して婚約中なのだからいいだろうと言いたいが、どこまでも俺様な片山には許せないらしい。

鷺坂の年賀状は、ポップでセンスのいいデザインだった。
年始の挨拶に行くことはすでに約束として取り付けてある。会えるのを楽しみにしていると書かれている。

「明後日、行きがけにお年賀を買って行かないと……」

明日はリカの実家へ、そして明後日に鷺坂家に訪問の予定である。日にちを合わせて槇たちも一緒に合流することになっていた。
頷き合って、残りのいくつかを二人で眺めた後、いくつかの山がテーブルの上にできる。
リカの仕事絡みのもの、職場の人達、大祐の職場関係、互いの学生時代の友人、それから共通の知人たち。

「じゃあ、こちらから出すものはこれね」

出していないのにもらってしまったものにはすぐに返すつもりで山をわけてある。予備の年賀状を買ってくると言い出したリカを大祐が留めた。

「俺が買ってくるから、リカは少し休んでから荷物を片付けたら?キャリーのまま置いておくわけにいかないでしょ」
「うー……」

松島で買ったものは置いてきたつもりだが、こちらで着るために持って帰ってきた服や下着類などがある。
嫌なら手伝おうか、と悪戯っぽい目がそう言うのを恨めしそうに見ると、わかったと答えた。

両方に荷物を置いているはずなのに、どうして毎回荷物が多くなるのか大祐には不思議としか言いようがない。女性は化粧品や何やらがあるからとはいえ、リカは松島にもそれらを置くようになっていた。

「もう、わかったから買ってきてください。その間に片付けます」
「残ってたら手伝ってあげる」
「絶対にダメ!」

くすくすと笑いながら上着を手にした大祐が部屋を出ていくと、渋々リカはキャリーを開けて洗濯物を洗濯機に放り込んだ。
洋服はさておき、下着類は最小限しか松島には置いていない。それも洋服の間に隠すようにしていて、自分がいない時に大祐の目に触れないようにしている。いない間にそれを見る人だとは思っていないが、ただ恥ずかしい気がして、無防備になれないのだ。

もっと無防備な自分を知っているからこそ、見られたくない。

同じなのか、大祐の服や着替えもこの部屋には最小限しかない。

一つ一つ、キャリーから出して片づけていくと、戻ってきてしまったんだなと思う。ぱたん、と閉じたキャリーが松島とを切り離してしまった気がした。
この瞬間を大祐に見られるのがなんだかひどく嫌だったんだな、と今更のように思う。

いつも、部屋に戻ってきて、荷物を開けて、キャリーやバックをしまった瞬間、繋がっていた空気が途切れてしまうような切ない気持ちに襲われることを、毎度、忘れようとしていたから気づきもしなかった。

「よしっと。かたずけ終了」

自分自身に言い聞かせるように呟くと、なんだか自分自身でもおかしくなってきて、テーブルに残っていたカップを2つともキッチンに運んで、きれいに洗う。
続けて、軽く部屋の中を片付けたリカは、テレビの前に置いた時計を見て、もうすぐ大祐も戻るだろうと、ノートパソコンを開いた。

住所録に、これから印刷する年賀状の住所を追加で登録する。住所録は、松島の大祐のPCとリカのPCで同じデータを持っていた。

備考に簡単な情報も記載してあって、職場、や知人、など後で見てお互いの関係がわかるようにしてあった。

フォーマルな年賀状を先にレイアウトして、新婚らしい新年の挨拶を入れる。そろそろかなと思っているところに、がたん、と音がして大祐が帰ってきた。

「ただいま。一番近いコンビニになかったから向こうまで行ってきたんだ」
「ごめんなさい。やっぱり私が行けばよかった」
「いや。かわりに裏通りにある昔からのタバコ屋ってかんじのところで買えたから大丈夫」

タバコ屋、ときいてはて、とリカは首をひねった。喫煙者でもないからタバコ屋があっても意識の中にいれないのかもしれないが、場所が思い浮かばなかった。
不思議そうな顔をしているリカに、ほら、と駅と反対方向の路地を入ったところにある、と道順を言う。

「そんなところまで行ったの?」
「意外と近いよ。駅の方のスーパーに行くより、大通りも渡らないし。ポストもあったから便利だね」

そう言われても、さっぱり場所がわからない。路地があることはわかるがそんなところに行ったことがないのだ。
この部屋に来るようになって、大祐が日課のジョギングがてら、近くを歩き回って詳しくなっていることは知っていた。今度教えて、というリカにやんわりと大祐が首を振った。

「俺が一緒のときはいいけど、リカ一人はどうかなぁ」
「どうして?」
「だって、この辺、夜は本当に人気がなくてあんな路地入ったら真っ暗だろうし、土日も同じで、明るくても人が歩いてないよね」

何かあったら困るだろう、と言われると肩を竦めるしかない。近所でもあるし、大したことでもないだろうと思ったが、ここは素直に聞いておくことにして、大祐がかってきた年賀状に早速宛名から印刷し始めた。

投稿者 kogetsu

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