FLEX53*~家族と彼と絵に描いたようなドラマ 7

こっちこっち、とすぐ座らされた大祐の手からコートを受け取ると、リカが奥の部屋へと置きに行く間に向かい側に座った智がテーブルに手をついて頭を下げた。

「改めて、義兄さん。あけましておめでとうございます。今年も姉をよろしくお願いします」
「こちらこそ。おめでとうございます。よろしくお願いします」
「じゃっ、飲みますか!」

型どおりの挨拶だけはきちんと済ませた後、ぱっと人好きのする笑顔ですぐに智が冷えたビールを差し出した。
グラスも冷えたものを出てきたが、葉子がその前にと朱塗りの盆を持ってくる。

「智。あなたお正月なんだからお屠蘇からでしょ」
「いいじゃん、細かいなー」

あなたが適当なんです、と言いながらテーブルの上に無理やり場所を作らせると、葉子が盃を差し出した。
リカが戻ってくると、智と大祐に酒を注ぐ。ほんの一口にもならないくらいの酒を二人が口にすると、葉子とリカの二人にその杯がわたって、今度は酒が注がれた。

頂きます、と二人が盃を干すのを待って、智がグラスにビールを注いだ。

「義兄さん、ビールでいいですよね」
「いいですよねって、注いでから言うの、変じゃない?」
「母さんといい姉ちゃんといい細かい!細かいなぁ~。そんなのどっちでもいいですよね」

式の時もそうだったが、本当に人懐こい笑顔の智にグラスを受けた大祐も缶を受けとってビールを注いだ。

「まあ、なんでも飲むよ」

そうこなくちゃ、とグラスを軽く当てて智と大祐はビールに口を付けた。

「大祐さん、なんでも食べて頂戴。遠慮なくね」
「ありがとうございます。すみません。大変だったんじゃないですか?」
「ううん。そんなことないわよ。この子らが出て行ってから自分の食事だけでしょ?たまには気合のはいったもの作らないとね」

料理は嫌いではないということで、日頃はリカ同様に、どちらかと言えば不規則な仕事の葉子はここぞとばかりに張り切ったらしい。
リカも智も、母が好きでやっていること、と受け止めているが、大祐は恐縮するばかりである。

遠慮しないで、とリカにも勧められた大祐は手近なところから箸をつけた。

「大祐さんのご実家の方はよかったの?」
「ええ、年末年始に帰ることはほとんどないんです。どちらかと言えば、有休消化の時期とかにって感じですね」
「そう。ご両親もお寂しいわね」

葉子にはそう言われたが、いやいや、と大祐は手を振った。こちらに戻る前に、年始の挨拶だけはリカと共に電話していたが、お寂しい、というには程遠い明るさだった。

「もう、日頃からいないのに慣れてますから。それより、いつも元旦に顔を揃えられるんですか?」

いいえ、とリカ以上にハキハキした葉子が首を振る。
リカも智もいつもなら顔を出すのも三が日のどこかで、ふらりと顔を見せてすぐに帰ってしまう。互いにさばけていると言えばいいが、ここ数年は寂しいばかりだった。

「だから今年は嬉しいのよ、賑やかでいいわ」
「だって、お母さんだって、ぎりぎりまで忙しいじゃない。一応、気を遣ってるのよ」
「気遣い、という言葉は意味が違うでしょ。あなたたちのは勝手というんです。何事もコミュニケーションは大事なのよ」

笑う葉子のグラスが一番先に無くなったことに気付いた大祐がビールの缶を取り上げた。

「自分も、一人正月じゃないってこんなに楽しいと思ってなかったので、とてもありがたいですよ」
「大祐さん、一人正月って……」
「あ、ごめん」

苦笑いを浮かべたリカに首を竦めた大祐は、リカにもビールを注いだ。

おせち以外にもたくさんのごちそうに舌鼓をうちながら智と一緒にビールを飲んでいるうちに、疲れてきて、リビングのソファに移動した。

「ちょっと、姉ちゃん。ねーちゃんてば」
「んー。智っ。ビールっ」
「ね~ちゃんが持ってきてよー。俺さっき行った!」

じゃあ自分が、と立ち上がりかけた大祐を制して、葉子がビールの缶を差し出した。どうも、と小さく頷いてカシっとプルタブをあける。
智のグラスに注ぐと、リカが大祐の腕を掴んだ。

「だいすけさん、ともにつぐまえにわたしにっ」
「うわっ、リカ。零れるってば」

ぐいっと缶を持っている方の腕を引っ張られて危うく零しかけた手をかろうじて握りつぶしそうになった缶と共に下におろした。

「だーすけさんっ、ともにいってやってくださいっ。いつも、この子は」
「わかった、リカ。ちょっとまって」

飲まされているようでいて、気が付けば一番飲んでいたのはリカで、一番飲んでいないのは大祐という図ができていた。そして一番酔っぱらっているのがリカという状態に、まずいと思ってはいたが、止めるに止められない。

「とーっも!ねーちゃんに隠し事しないで言えっ」
「リカ。リカ、もう飲むのやめておきなよ」

止めようとした大祐の手から缶ビールを取り上げて、智がリカのグラスに注ぐ。
あ、と止める間もなく、ぐーっと一気にリカが飲み干してしまう。

くいくいっと大祐の服を引っ張った葉子は、片付けの終わったダイニングテーブルに大祐を呼ぶ。
リカがソファの上にどさっと倒れこんだのを見て心配そうな顔を向けたが、葉子に放っておきなさい、と言われる。

「いいのよ。大祐さん、こっちにいらっしゃい」
「はぁ……」

リビングの二人が見える位置に腰を下ろした大祐と葉子は、冷たい水の入ったグラスを手にしていた。

「私、本当はかなり飲むのよ。あの子なんて目じゃない、目じゃない」

ひらひら手を振った葉子に、はあ、と曖昧に笑う。それにね、と言うとしばらく黙っている間に、ついに潰れたらしいリカに智がシングルのソファに置いてあったひざ掛けをかける。

おいでおいで、と葉子が手を振ると、智がビールを缶のまま持ってダイニングに来た。

「やっと寝たよ。姉ちゃんもほんっと、強情だからなぁ。もういいのに」

もういいのに。

その言葉に葉子が頷く。どういう意味かと問いかけようとした大祐に智が半分ほど残った缶ビールを振った。

投稿者 kogetsu

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