金曜日の夜から松島にリカが来た。二週間ぶりの逢瀬だが、このところ、会うたびにがっついてる自覚があった大祐は、今回は理性的に過ごそうと決めていた。
だから、比較的早めにとはいえ、大祐の部屋についたのが23時を回っていたのもあって、ぎゅっとリカを抱きしめるとすぐに腕を離した。
「お風呂入っておいでよ。お化粧落とさなきゃいけないでしょ?」
「うん。着てすぐにごめんね」
荷物を置いて落ち着くよりも先に、いつものくつろいだ姿になってほしくて風呂をすすめると、リカも素直に従った。
大祐の風呂よりはさすがに長くて、出てきたリカの濡れた髪をいそいそと大祐が乾かし終わる頃には0時を回りそうになる。
「はい。お疲れ様」
「……ありがたいんだけど、大祐さん。私の髪であそんでません?」
「遊んでないよ!ふわふわで気持ちいいから楽しんでるだけ」
自分で乾かすよりも、もっとふわふわになった髪に頭を振ったリカをぎゅっと抱きしめる。
「あー……。リカだ―。充電ー」
「ちょ、ちょっと、車に乗る時だって、降りてからだって同じこと繰り返してるってば」
「いいじゃん。……でもね。今日は大人しくぎゅっとするだけでいいよ。リカにゆっくり寝て欲しいから」
「そんなこと、宣言しないでっ!」
ばしっとリカに腕を叩かれながら大祐はリカを連れて、ベッドに連れて行った。
連れて行くと言っても、そう広いわけではないが、リカの手を引いて近づくと、リカの手を取ってするっと手を入れさせる。
「あれ!?」
「わかった?ベッドパットとブランケットを買ったんだ。リカが来た時に寒くないようにと、気持ちよく眠れるようにって」
ふわふわの手触りが下にも上にもある。マシュマロのような手触りがものすごく気持ちよかった。
「気持ちいー。なにこれ、すごいな」
「よっしゃ!」
手を滑らせた時の気持ちよさに目を閉じたリカは、いそいそとベッドに潜り込んだ。その隣に長身を滑り込ませた大祐は、腕を伸ばしてリカを包み込む。
「どう?」
「すごい、気持ちいい、これ。ふわふわ―」
「はは。じゃあ、ゆっくり眠って?疲れたでしょ」
「うん。大祐さんのおかげで温かいし、ふわふわで気持ちいい。ありがと」
うっとりと目を閉じているのを見ていると、あっという間にリカが眠りに落ちた。マシュマロを手の甲で撫でるような肌触りと、ほのかに香るお互いの匂いでするすると落ち着いてしまう。
幸せそうな寝息を聞いていると、心地よい幸せにつられて大祐も眠ってしまった。
二人の穏やかな寝息が繰り返されるなか、大祐は自分の無意識がどういうものなのか、まったく自覚がなかった。
「おはよ。よく眠れた?」
「……ええ、まあ」
大祐が目を覚ましたときには、すでにリカが目を覚ましていて、寝心地を聞いた大祐の問いかけに、リカはキッチンで背を向けたまま答えた。
―― あれ?
「早く顔を洗ってきてくださいね」
「うん……」
いつもならまだすっぴんのはずのリカは、化粧もきちんとしていて、キッチンで冷蔵庫にあったものを使って和食の朝食を作っていた。
何となく肩透かしを食った気がしながら、大祐は顔を洗いに向かう。
その後も、別に機嫌が悪いようにも見えなかったが、リカは視線なかなか合わせようとしなくて、大祐は妙な違和感を覚えた。
「どっか行きたいところ、ある?」
「特には。大祐さんにお任せしますよ」
「でも、俺に任せると、家から出ないことの方が……」
ね、とリカの様子を見ると、いつもなら馬鹿なこと言わないで、と拒否られるところだが、それもない。
さらりとスルーするリカに、恐る恐る話しかける。
「あの……、リカ、何か怒ってる?」
「怒ってないですよ」
ぴしゃっというくらいの即答が返ってきて、これはまずい、と大祐は身構えた。
身に覚えば全くないがリカが怒っているということは、自分以外に原因があるとは思えない。
「……怒って」
「怒ってません」
「じゃあ、あの……」
なんでそんな感じなの?
続きを言いかけた大祐を遮る様に、リカが食べ終えた食器を音を立てて重ねると、すっと立ち上がってキッチンに行ってしまう。
―― やばい。俺、何してリカを怒らせたんだろう?
どうしていいかわからない緊張感に包まれた大祐は、ちらちら視線を送りながら妙な汗をかいていた。