レジで袋を受け取ったリカは、くるっと振り返るとショップの前に立ったまま考え込んでいる大祐を見て、無理やり笑顔を作る。
こんなところで、また食い下がられては困る以外、何者でもない。
―― まさか、眠っている大祐さんに悪戯されて放置されたからなんて言えるわけないじゃない!その上、そんなこと言ったら、本当に私が欲求不満みたいで……
「……いえるわけないって!」
思わず口から出てしまった呟きはさておき、大祐の傍に駆け寄った。
「お待たせしました」
「あ、うん」
「一休みします?ちょっと早いけどお昼とか」
ぼんやりとしながら頷いた大祐を連れて、和食のビュッフェレストランに入った。好きなものを好きなだけ食べられる店に入ったために、食べている間に大祐も他愛ない話に夢中になって、これで忘れてくれたとリカは思っていた。
午後までショッピングモールの中で楽しんだ後、家に帰ってきてからここに座ってと言われて並んで座ったところで、じっと大祐がリカを見つめてきた。
「な、何?」
「リカ、機嫌なおった?」
「別に、機嫌なんか、最初から悪くないですよ?」
ずいっと目の前に一歩進んできた大祐がじっと視線を外さないから、リカも視線を外せなくなる。
「リカ」
「はい」
「僕らの間には仕事以外でも隠し事が必要なの?」
眉間に皺を寄せた大祐にじっと迫られると、逃げようがなくなる。しかも仕事以外でも隠し事なんてそんな話になってしまっては何をどうしてそうなるんだと言いたくなる。
話す順番がおかしいのと一緒で、こうだといきなり理由を思いついたら一直線なのかと突っ込みたくなる。
「隠し事なんてそんな大層な話じゃありません」
「じゃあ、何?」
「何がですか?」
お互いに苛立ちが混じって、声が固くなる。売り言葉に買い言葉寸前だとわかっていてもどうしようもない。大祐の眉間に刻まれた皺が深くなる。
「誤魔化さないで。俺、何かリカにひどいことしたんだよね?それでリカは怒ってたんでしょう?」
「違います。そういう事じゃないからもうやめましょう」
なんとか話をそらそうとしたリカに、ひどく悲しそうな顔を向けた大祐が肩を落とした。
「……わかった」
「大祐さん?」
リカから手を離した大祐は、すっとその場で立ち上がる。
そのまま部屋をでていこうかとも思ったが、それも大人げない気がして、キッチンに向かう。時間のかかるコーヒーでも淹れようと思って、キッチンに立ったが、どうしようと思ったきり、動き出せない。
―― 俺が悪いなら悪いって言ってくれればいいのに、何で言ってくれないんだろう……
がっつりと目に見えて落ち込んだのがわかるだけに、リカとしても居たたまれなくなる。
こんな風になるなんて思ってもいなかったし、あとを引きたくなかったのに、落ち込まれては自分自身も後味が悪くなる。元から着火点が近いのはリカの方で、苛立ちに火がついてしまった。
「もうっ!!わかりましたよっ。言えばいいんでしょ?!」
だん、とテーブルに手をついて立ち上がったリカはキッチンに立っている大祐の傍に近づいて怒鳴った。
皺を寄せたまま途方に暮れていた大祐が黙ってリカを見る。
「大祐さん、昨夜寝てる間の記憶ってありますかっ」
予想外の問いかけに大祐は、一瞬、毒気を抜かれてぽかんとしてしまう。
昨夜?寝てる間?
初めの頃、大祐はリカが少し動いただけでもすぐに目覚めて、腕の中にリカがいることを確かめてしまったが、最近ではリカが一緒にいると、深く寝入る様になっていた。
それも朝になってリカが起こすこともあるくらい深く眠る。
それくらい深く眠る大祐に寝ていた間の記憶があるはずがなかった。
「寝てた間の記憶って普通、ない……んじゃない?……かな」
「ですよね!?ですから黙っていた方がよかったんですけど!そこまで大祐さんがこだわるなら言いますよ。言えばいいんでしょ?!」
「え?ちょっと待って、リカ。落ち着いて」
「落ち着いてますっ」
恥ずかしい話題だとわかっているから、だんだん顔が真っ赤になっていくことは自分でも感じていたが、止められなくなる。まるで駄々をこねる子供の様だが、
すっかり感情的になったリカの前に、大祐の方が面食らって正気に戻る。
「私、寝てたんですっ。大祐さんが新しく買ってくれたブランケットが気持ちよくて、めちゃくちゃしっかり眠ってましたよ!そしたら、そしたら……」
「り、リカ。落ち着い」
「大祐さんが触ってくるからっ、目が覚めちゃって、それで、すっごく困って、それで一回起きて落ち着いてから寝ようと思ったんだけど、また、触られたら……もう、どうしていいかわかんなくなって!!」
頭の片隅ではなんでこんな恥ずかしいことを自分は怒鳴っているんだろう、と思いながらも、やけくそになったリカの口は、直接的な言葉こそ避けるが戸惑ってしまったことをそのままぶつけてしまう。
真っ赤になっている顔を両手で押さえて、まともに大祐の顔も見られないのに、何とか続きを言おうと口を開きかけて、唇を噛みしめてしまう。
「……あの、触ったって……触った?」
ぶんぶん、と頭を振ってリカが同意する。まったく無自覚の大祐はさっきとは違う意味で眉を顰めてむぅ、と考え込む。リカがこれほど怒るところを考えると、ただ触ったとは考えにくく……。
「もしかして、ね?あの……さわ……ったんだよね?その……」
「さわりましたよっ、起きてるのかと思いましたもんっ!!」
「……それは……」
ごめんなさい、というのも間違ってる気がして視線が泳ぐ。
その場にしゃがみこんでしまったリカは、もう顔も上げられないくらい恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこういうことだと思った。
少し離れたところに見えていた大祐の足が近づいてきて、目の前で止まる。
「え……と」
「もう放っておいて!訳は話したんだからいいでしょ?!」
「リカ」
初めは肩に置こうとした手の置きどころを迷って、迷った挙句、大祐はリカの頭に置いた。