FLEX64*~My Funny Valentine 2

朝起きた時からちらほらと雪が降り出していて、表を見たリカは眉間に皺を寄せた。

―― あんまり降らないでくれるといいんだけど……

先週からの寒さに今日も職場についたら脱げるようにと温かいニットを重ねて、コートを身に着ける。手袋はわざと家に置いて出たリカは、すでに遅れ始めていた電車に揺られてへとへとになって局につくことになった。

なんとかぎりぎり間に合って席に座り込んだリカは、携帯から大祐にメールを送る。

『大祐さん。おはよう。朝からもう雪が降り出してます。時々様子を知らせますが無理しないでね』

朝一番の予定が相手の都合でなくなって、ほっとしながらコーヒーを手にずれた予定のおかげで先送りにしていた仕事を片付ける。
その間に携帯が鳴った。

『おはよう。今日はニュースを見て僕も早めに出ました。早く仕事を片付けてそちらに向かえるように頑張ります。リカも外に出るときは気を付けて』

自然にリカの顔に笑みが浮かぶ。
いつも以上に頑張れる気がして、よし、と気合を入れたリカは仕事を片付け始めた。

今日の帝都イブニングの内容は全面的に差し替えることになる。街角グルメは先週の雪の後、天気予報を見ながら寒い日に見ても楽しめるようにあったか鍋のを取り上げているからそのままでいいとして、そのほかはすべてこの雪の情報を差し込みながらになる。

「稲葉。今日の放送のキュー、何時にあがる?」
「中継はどこから何回入れますか?」
「そうだな。状況に応じて臨機応変に入れ替えられるようにするにして、中継は局の前と新橋と新宿、それから中継車で移動だ」

わかりました、といって、手書きでキューシートを書き始める。珠輝は髪をまとめて、アシスタントを集め出していた。

「珠輝、交通情報を途中で入れられるようにして」
「はい。調整します」

最近では当たり前になった、画面の上と横に交通情報や状況を表示する画面割と、それ以外にも最新情報を入手できるようにして、全体に調整しやすい尺のものを用意した。

14時を過ぎる頃には本降りになり始めて、時々窓の外を見てはため息をついていた。
仕事の方は、雪の情報を伝えているから、状況はわかっている。都内の電車はどんどん影響されていて、遠くにいくものや海沿いなど影響を受けやすいところは次々と遅れだしていた。

それと同時に、明日の番組スタッフと、今夜のスタッフはすでに泊まりが決定していて、局の近くにあるホテルでは、年間契約している部屋が早々に埋まっていた。当然だが、それだけでは部屋の数は足りないから近くのビジネスホテルの予約が一気に膨れ上がる。
総務が一括手配をしてくれているが、週末にかかることもあって、まだ今の内は希望するスタッフ全員のホテルが確保できているらしい。

「おう、ちょっと集合」

ぱんぱん、とフロアに現れた阿久津が手を叩いて全員を集めた。いつもは番組スタッフの集合は13時で、構成の打ち合わせをやっている時間だったが、もうとうに終わらせてある。

「都内近県に大雪警報が出た。総務が一括して手配してるが、明日休みのスタッフで、今日はもう手が離れる者は、交通状況を見ながら早めに帰っていい。それから今日のシフトの者たちは、放送が終わってからの総括は今日は行わないので、終わり次第、交通状況に合わせて気を付けて帰宅するように」

局全体に出た指示に従って、帰れる者たちは仕事の状況をみて、申し送りをしながら帰り支度を始める。またそれとは逆に、報道系の担当や、明日の番組スタッフは続々と、局に入ってきていて、仮眠室や会議室は予約でいっぱいになっていた。

明日、交通状況がどうなっているかわからないか、間違いなく放送できるようにということだ。

リカは、もちろん土日は休みなので、放送が終われば反省会なしで帰っていいことになっていた。珠輝は大津が仕事に出てしまったらしく、ぶすっとむくれたまま局の近くのホテルに泊まろうかな、と呟いていた。

「家に帰ればいいじゃないの」
「だぁって、大津君、どうせ中継が終われば局に戻ってくるし、だったら局の傍にいた方がいいかなって……」
「だったらそんな顔しないの」

苦笑いで珠輝を諌めながら肩に手を置いて、慰める。バレンタインなのに、一緒にご飯食べようって言ってたのに、とぶつぶつぼやいている珠輝を連れて、番組のためにスタンバイを始めた。

今日みたいな日は、途中でフレキシブルに対応できるようにPCと携帯を持って移動する。
よろしくおねがいしまーす、という声があちこちから聞かれる時間になって、リカは大祐から何も入らないことを気にしながら放送が始まるのを待った。

出だしから雪の中継が始まった帝都イブニングは、宮城でも放送されている。途中から地元局の番組に切り替わるが、スタートは同じだ。
宮城でも関東の雪は夜にかけて移動してくると言われていて、松島基地の渉外室でもテレビがついていた。

昨日のうちから雪の予報に今日の飛行はすべて中止に決まっている。すべてハンガーに格納されていて、その中では機体の整備などが行われていたが、彼らの仕事も雪用のそれに代わっていた。

「関東の方じゃ随分降ってるみたいだな」
「そうですね」
「空井、お前大丈夫なのか?」

旅行届を出してあるから、大祐が今夜のうちに関東に移動することは室長の山本もわかっている。この天候では電車もどうなるか読めないところでもある。
宮城ではまだ交通の乱れはなかったが、新幹線はどうなるかわからない。

ちらりと時計を見た山本は、ごほん、と咳払いを一つした。

「そういえば空井は今日は外回りから直帰の予定だったな」
「え?いや、自分は今日は……」
「そうだった、そうだった。それに月曜も場合によっては、外回りをしてからだったな。昼までには遅くても顔を出せるように何かあれば状況を報告するように。そう言えば、俺も外回りの約束があったなぁ。お前、ちょうどいいから車に乗ってけ」

はぁ?と目を丸くしていると、周りの隊員につんつんとつつかれた。

あっ、と気が付いた大祐は、周りの隊員と山本の顔を見比べてからぴしっと伸びた背中で礼をした。

「いいから急げ。俺はこのまま出られるが、お前は客先で失礼がないようにスーツに着替えてから行くんだろう?」
「あ!はいっ!」

普段ならあり得ないことではあるが、正月明けから休み返上で働いてきた空井を皆もわかっている。
いつもの惚気もなりを潜めるくらい忙しかったのだからこのくらいの融通はできないわけではない。急いでスーツに着替えて、バックを手にした空井が渉外室に戻ってくると、同じくそのまま直帰できるように仕事を片付けた山本がコートと車のキーを手にした。

「じゃあ、何かあれば連絡をくれ。俺は19時過ぎまでは仙台の予定だ」
「了解です。お気を付けて。空井一尉も」
「ありがとうございます!行ってきます」

そう言って、山本の後に続いて空井は渉外室を出た。
渉外室長に送ってもらう、など普通ならありえないかもしれないことだが、山本は何ということもなく車のエンジンをかける。

「少し温まるまでスマンが待ってくれな」
「いえ、自分こそ申し訳ないです」
「なあに。どうせ県庁の近くまで行かなきゃならんのだ。ほとんど変わらんよ」

俺達は家族も同然だ、と言うのが山本の口癖だ。近づきすぎず、程よい距離感を保ってくれているのにこういう時は家族だからと言う。

エアコンが温まって、パネルのメーターも温まってきたのをみて、シートベルトを閉めると、行こうかと走り出した。
さすがに、曇天でこちらも帰りの足が早いのか、渋滞ができ始めていたが、16時過ぎたばかりなので、何とかなるだろう。

曇り空を眺めながら車は仙台駅へと向かった。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です