FLEX66*~My Funny Valentine 4

「握手って、あまりしなくないですか?」
「そうですか?」

気まずそうに口を開いたリカは、小さく何度も頷く。
人も多くて、熱い位の車内で、小声でそっと話すから余計に頼りなく感じる。

「そうですよ。あんまりする機会もないし、手ってなんだかすごく生々しいというか……。思ってることが全部伝わっちゃうみたいじゃないですか」

手を握った瞬間、緊張感や、好き嫌いの感情もダイレクトに伝わってしまう気がして、いつの間にか苦手だと思うようになった。仕事はもちろん、平気なふりをしているが、それでもごくたまに握手を求められて、相手に握られるとひどく落ち着かなくて、緊張してしまう。

「あまりしない上に、苦手だからもっと駄目になってきて、余計に緊張するというか、気になるっていうか。だから、好きな人としかできないっていうか……」

もっと空いていたなら、リカの顔を覗き込んだところだろうが、身動きも申し訳なくなるような混み具合である。さらりと『好きな人』と言ったリカは無意識なのか、ぼそぼそと続ける。

「もともと、腕を組むとかって誰でもできるけど、手を繋ぐって、愛情がないとできないっていうし……」

さらりと口にしたリカに、大祐は思わず顔が歪む。

―― なんてことをいうのかなぁ。無自覚にもほどがあるっていうか……

電車の中なのに、抱きしめたくなってしまう。

「リカにとってはそうなの?」
「え?」
「手を繋ぐってこと」
「あ」

意味が分からなくて間近で見上げたリカは、自分が言ったことを頭の中でリピートしてから、目を見開いてすごい勢いで顔を逸らした。

「ちちちちがいますっ。なんていうか、一般論!そう、一般論……ですから」

途中で思わず大きな声を出しかけたリカが、周りの視線に恥ずかしそうに声を落とす。
明らかに嘘だとわかっているからおかしくて仕方がない。電車が駅に着くと、車内から吐き出されたリカと大祐は、ほうっとため息をついた。

「これ……」
「うん?」
「もう恥ずかしいからいいです」

離してください、というリカにぶんぶん、と首を振った大祐が全力で拒否をする。

「リカがしてほしいこと、にあげてくれたんだから駄目。ちゃんと家まで繋いでます」

言うんじゃなかった、と言う顔で、歩き出したリカは、家に一番近い出口から表に出ると、傘をだした。

何とか横殴りの雪の中、部屋にたどり着いた二人は晩御飯を終えて、ソファでゆっくりと座っていた。寒さで冷え切った体を温めるために風呂にも入って、お互いに部屋着姿で、ソファで向かい合うように座っている。

「だからね、全部断ったんだ」

基地や近所で、バレンタインだからといって、義理やなにやでチョコレートをもらいそうになったが、すべて大祐は断った。
いくら義理でも、欲しいものはリカからのものだけで、逆にそんな気持ちでもらうことが申し訳なかったからだ。

「やっぱり、大祐さん。もてるんですね」
「違うよ、全部義理。義理だから」

そうじゃないんだろうなぁ、と言うのはリカにもわかるが全部を断ってきたと言う大祐に、少しだけリカの優越感が満たされる。
大祐の足とじゃれるように足を絡めたリカは、少しだけ嬉しそうに大祐の足を触った。

「でも大祐さん、バレンタインだからって、何か欲しいものって変じゃない?」
「変じゃないよ。だって、俺あるもん」
「は?」

ちょっとまってね、といって、リカの絡めていた足をそっとおいて、バックのところから、東京駅で買ったチョコレートを取り出した。

「はい。リカ」
「え、これ、大祐さんが買ったの?女の子いっぱいの中で?」
「それ言わないでよ。恥ずかしかったんだから」

ショップの袋から中身を取り出すと、だいぶ前にリカがそのチョコレートが大好きなのだと言っていた猫の画の書いてあるチョコレートだった。

「きゃー!これ!やだ、嬉しい」
「やった!リカが喜んでくれた」
「だって、だって、コレなかなか買えないんだもの。やだ、嬉しい」

その辺で売っているチョコの10分の1くらいしかない一枚なのに、その辺で買う板チョコ1枚より高い。それもたった10枚しか入っていない。

目をキラキラさせているリカに、大祐がつん、とつつく。

「で?俺とは手つないでくれるの?」

手を繋ぐとすべてが知られてしまうから、恥ずかしくて繋げないというリカにねだること。バレンタインに何かと言った大祐に、リカはまっすぐに応えてくれた。

「え?あ、はい。それは……」
「俺も一般論?」

違う、と首を振ったリカに手をついてそっと俯きがちなリカの頬に軽く口づける。もっとたくさん触れていて、もっとたくさん知っているのに、こうしてまだまだ知らないリカがいる。

「俺もリカとしか手、繋いだことないよ。大人になってからは本当にね」

握手は、挨拶としてあるけれど、手を繋ぐということは、無意識のうちにわかっていたのだろうか。彼女ができても腕を組むことはあっても手を繋ぐことは本当になかった。
よほど照れくさかったのか、ぱっと逃げるように立ち上がったリカは、テレビの脇のチェストを開けると、小さな紙袋を持ってきてそれを差し出した。

投稿者 kogetsu

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