「大祐さん」
「はい」
「あのね。さっき、ベッドメイクしたので、引き出しにしまっておきました」
「は?何を……。……っ!!」
―― しまった!!
いつもは、ちゃんと片付けてくるのだが、今回は、ずっと部屋にいて、ずっとリカといちゃついていたらすっかり忘れてしまった。
わざと具体的なことを言わなかったリカの口調で逆にぴんと来る。妙な汗が背筋を流れて、あの、その、と先ほど以上にしどろもどろになる。
「ごめ……。あの、箱はちゃんと処分したんだけど……」
「箱?!」
「だっ……て、こっちからわざわざ持ってくとか、さすがにないでしょ……」
「そりゃそうですけど……」
どのくらい中身が入っているのかは知らないが、どのくらいあって、残りがあれだけなのか、考えたくない。
話を切り出した自分の方がダメージをうけそうで、リカは話を変えようとした。
「別に!私だって、大人ですし、大祐さんの気遣いというか……、思いやりだと思ってるので。あのくらい慣れてますし!」
意地を張ったわけではないが、何とか話を逸らそうと思って、言った言葉が今度は大祐に妙な火をつける。
「……慣れてるの?」
「え」
「今、そう言ったよね?」
「あ、それは……。言葉のアヤと言うか」
ほんの少し、不機嫌さが混じった声に言い返したくなる。
慣れさせたのはあなたじゃないですか。
「大祐さん」
「ん」
「私の、知らない私を教えてくれた人がそうしたんですけど」
一度では意味が分からなくて、大祐は口の中でもう一度リカの言葉を繰り返す。
私の。
知らない私。
「……」
「その人の名前、空井大祐っていうんですけど」
「……!ごめ……っ」
―― ああ、そうか。そうだった。
全部知りたいと言って、全部見せてと、事あるごとにねだっておいて、何を言ってるんだろう。
「ごめん。今日は俺、リカに謝ってばっかりだ」
「ふふ、そうですね。ねぇ、大祐さん。次に会えるのはいつかなぁ……。当分、また忙しくなるから、来月かなぁ。2月は、日が少ないし。たくさん往復してたらお金も一杯かかっちゃいますもんね」
「会いに行くよ。こっちは寒いから。俺が行くよ。リカが忙しくても、俺が忙しくても、車だったら、自由がきくし、1時間でもあえるんだったらいくよ」
リカを最大限に甘やかす、優しい声が言う。
目の前に手を伸ばして、そこにいるはずの人の輪郭をなぞった。
「また大祐さん、私のこと甘やかしてる」
「うん。甘やかしてるよ。だから、リカも俺のこと甘やかして」
「そんなこと……。わかってます」
会いたいね。
から、愛してるよ、に変わる。
「そろそろ寝る時間だよね。明日も寒いから気を付けて」
「大祐さんも」
「わかった。リカ。大好きだよ」
「私も。じゃあ……おやすみなさい」
そう言って、電話を切ってから。流行っているアプリを起動させた。
藤枝に騙されて、させられそうになって、珠輝に止められたので、寸前で回避したけど。
携帯の画面にろうそくが移って、ふわふわと揺らめいている。それに向かって、目を閉じるとふっと息を吹きかけた。
目を開けて、大祐にメールを送る。ばふん、とベットに潜り込むと、リカは目を閉じた。
同じころ、電話を切っていくらもしないうちに届いたメールを開けた大祐が、ベッドにたどり着く前に床の上に倒れこむ。
「……嘘だろ。これ……」
そう思いたくなる。
キャンドルを吹き消すアプリは、吹き消した瞬間の顔を写真に撮るのだ。いわゆるキス顔を保存できるアプリで、リカはただ自分でキス顔を撮るには抵抗があったが、ろうそくを吹き消すという行為で自然な顔を撮ることにした。それを、大祐に送ってきたのだ。
目を閉じて、自分がキスするときよりも、もっとねだるような顔。
「……破壊力ありすぎだってば……」
倒れこんだ大祐は、もちろんその画像は保存した上にパスワードロックまでかけておいて、何度も正視できないと携帯を閉じては開き、開いては閉じるを繰り返す。
―― やばい。夢にこれ以上リカが出てきたら……
しばらくしてからとりあえず、リカにメールを返す。
『ごちそう様。次は、本物をうけとりに行きます』
「……眠れるかな、俺」
一応ベッドまでたどり着いた大祐は一人天井を見上げて呟いた。