FLEX77*~女心とくしゃみの行方 4

「当たり前でしょ。大祐さんがいるときには見せたことないもん」
「え、なにそれ」

真顔で隠し事でもされたような反応を返した大祐に、リカの口元がへの字に歪んだ。
女子としては、いくら彼氏や、夫でも、何も着ていないところを見られたくないことの次に、着替えているところや、スタイル維持のための下着やその手のもの、ストレッチなどがある。
太ももあたりまでのサポートソックスや、ウエストシェイプのためのストレッチなど、大祐に見られたらしばらくは落ち込みそうだ。

「ねぇ、なんで見せてくれないの」
「いや、それは、当たり前だから!」
「当たり前って何?」

なんで隠すのと、粘る大祐にこちらも渋ってしまう。仕方ないなぁ、と三角の腕枕をした大祐の顔の下側にすぽっと顔を埋めて逃げ込むと、その耳元に声を潜めて囁いた。

「……みっともなくて恥ずかしいから」
「え。……えぇぇぇっ?!」

がばっと驚いて半分起き上がった大祐にリカの方がびっくりする。

「え、ねぇねぇ。みっともないってどういうこと?恥ずかしい?」
「……ああ、もう。だから、ね?大祐さんに、そういう……機能系の物ってあんまりかっこ悪くて見せたくないっていうか。なんていえばいいか……。たとえば!大祐さんが来るときに、すごく天気が悪くて、雨がいっぱい降ってたとするでしょ?でも、いくら可愛くなった長靴を持ってたとしても、長靴ははきたくないの。せめてブーツくらいを履きたいんだけど」

眉間に皺を寄せた大祐には今一つぴんと来ないらしくて、困ったリカがさらに例を挙げた。

「あー、うー。じゃあね。んと、パック!パックって私も一応女なのでするんですけど、極力見られたくないです!」
「……は?なんで?」

こういうのでしょ?と手で顔を覆って見せて、いわゆる顔面に張り付けるパックのイメージをやって見せた大祐にこくこくと頷く。

「そういう、姿って、かっこ悪くて……。なんか見せたくない、の。男性には……」
「あ」

ふと大祐も思い出す。二人でいるときに、出かける支度をするときに、いつもリカは背を向けてなるべくささっと着替えているつもりらしい。
別段、わざわざ見るつもりで見ていたわけではないが、ストッキングを履くときに、一度、派手に逃げられたことを思いだす。

「あれってそういう意味?!」
「あれ?」
「だから、ほら、前に松島で着替えてた時に、ストッキング?かなんか着てて、めちゃくちゃリカが怒ってて……」
「あ、あ、近い!近いです。着替えもみられたくない!」

ようやく共通認識にたどり着いたところで、何を力説したんだろう、とリカは恥ずかしくなる。

「そうか、なんで駄目だったんだろうってそういえば思ったんだよな。今、すごく理解した。で、そんなの気にすることないよ!夫婦なのに」
「……え?」
「だって、どんな時もリカはリカだし、俺、そこまで細かくないからきっと、着替えてるときなんか全然気にしてないかもしれない。ただ、もうすぐ支度が終わるな、くらいしか!それに、女性なんだから体を冷やしたりするのはよくないし、そのためにあるんだったらちゃんと身に着けるべきじゃない?変だなんて思わないよ?」

―― その気持ちは嬉しい。嬉しいんだけどなんか違うのよっ

胸の内でリカが力説する。
幻滅されないというのはありがたいことではあるのだが、女性としては、できる限り、影の努力は見られたくない。できるならきれいにしているところ、可愛くしているところを見て欲しいのだ。

―― でもそれを大祐さんにわかってっていうのは、きっと無理だろうなぁ。それに、わかったからと言って、今までずっとモテてないと思ってた自分がモテてることに気づかれても困るし……

「うん。今度から気を付けるね。ありがとう」
「どういたしまして。リカのパックしてるところとか今度見たいなぁ」

冗談じゃありません、と胸の内でリカが呟くのも気づかず、再び大祐は横になって腕を枕にリカと向かい合う。

「でも、そろそろ眠らないと」
「ん。でもね。大祐さん。もしかしたらなんだけど、このくしゃみ」
「ん?」
「……そうであってほしくないけど、私花粉症になっちゃったんじゃないかなぁってちょっと思ってるの」

春先になると多くの人が恐怖するあの出来事を口にしたリカは、自分でもなかなか認めたくないものの、認めざるを得ない事実を口にする。

「だって、よく考えると、風が強い日ばっかりだったような気がするの。今日はほとんど出てないし、家に帰ってお風呂に入ったら一度もしてないでしょ?できればほんとは違ってほしいんだけど」

それまで、職場ではインフルが流行っているとか、風邪や今年流行の胃腸炎で休むものが多いとあれだけ言っていたリカがけろりとした顔で言っているのをみて、がっくりと腕から力が抜けそうになる。

インフルではなければいい、とか自分がいない時に具合が悪くなければいいのに、と散々心配したのにと思う。

―― いや、でも花粉症もひどい人は大変だって言うし、大したことがなければそれに越したことはないし……

先ほどのリカ同様に、無理矢理自分を納得させた大祐は、リカの肩に布団を引き上げた。

「とにかく、なんであれ、一杯寝て、疲れを落として、免疫力をアップさせればきっといいはずだよ」
「そうよね。大祐さんも、一緒に眠ってね」

頷いた大祐は、頭を乗せていた腕をリカの首の下に差し入れた。

「お休み。リカ」
「おやすみなさい、大祐さん」

健やかなリカの寝顔を見ながら密かに大祐は、心に決めた。

―― 今日、我慢した分、明日は沢山、一緒にお酒飲んで、それから……

我慢なんかしない、と心に決めた大祐だった。

投稿者 kogetsu

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