朝の情報番組を見ている間に、互いの状況を共有し合うのが一緒に住む様になっていつの間にかできた暗黙のルールだ。前の晩にも話はするのだが、当日の朝にした方が大祐よりもリカにとってはその日、一日の情報としてインプットされるらしい。
「じゃあ、僕は今日は早いから何かたべたいものがあったらリクエスト送ってね」
「う、はい。できたら。というか、またお願いしてごめんなさい!」
ぱたぱたと部屋の中を慌ただしく動き回りながら慌ただしくリカが応える。
かたや、ゆっくりとコーヒーを手にした大祐はもうすでにスーツ姿でリカの邪魔をしないようにテレビの前に腰を下ろしていた。
「全然。リカの好みがだいぶわかるようになってきたよ。リカはもう俺なしじゃ困るでしょ」
背を向けて化粧をしていたリカが、ぴたりと手を止めた。
くるっと振り返ったリカが唇を尖らせる。
「それ、間違ってるから」
「え?」
「もう!朝なのに」
え?
目を丸くした大祐には再び背を向けたリカの姿しか見えなかったが、その背中が怒っている気がした。
その間もかちゃかちゃと化粧品をいじる音が続いていて、声をかけたものかどうか迷っている間にもテレビの情報番組のコーナーは進んで行って、天気予報を聞いて、ジャケットに手を伸ばした。
「行きます」
「あ、うん」
「大祐さん」
足早に鞄とジャケットを腕にかけて部屋を出ようとしたリカが一瞬立ち止った。
「いーっ!」
「……えぇぇっ?!」
「じゃ、行ってきます」
いってきますの瞬間だけはにこっと笑ったリカが足早に玄関から出ていく。
「いってらっしゃー……い」
片手を上げた大祐は、なんでリカに怒られたのかわからずに頭の中にはハテナが一杯あふれてしまう。
「俺……、なにかまずいこと言ったっけ」
スーツ姿で呟いた大祐は、はっと我に返ると慌ててスーツのジャケットに袖を通した。
―― 大祐さんのばかっ
駅に向かってがつがつと歩きながら、珍しく朝からリカは機嫌が悪かった。
週の中を過ぎて、忙しさも最高潮で少し苛立っていたこともあるのかもしれない。
それでも、さっきの大祐の一言は少しいい方が悪かった。
『俺なしじゃ困るでしょ』
―― 違うでしょ。困るとかそうじゃないのに
つまらない言葉のあやだとわかっている。些細なことだということもわかっている。
―― それでも……
苛立ちを抱えて仕事に向かったリカは、その苛立ちのままに一日の仕事の勢いにすり替えた。
どん、と帰り際のリカのテーブルにビジネスバックを置いた阿久津が、眼鏡越しにリカを見下ろす。
「あー……。稲葉」
「なんですか?!」
「相変わらず、安定のわかりやすさだが……。とりあえず、帰ったら仲直りしろよ」
ぴたり。
手を止めたリカはしばらくそのまま一時停止した後、かくん、と頭を落とした。
周りでは珠輝が肩を竦めてリカのすぐそばに立つ。
「阿久津さん!そこはわかってても触れないのものですよ。もう!それ、セクハラに近いですから」
「あ……、すまん」
「稲葉さんはすっごくわかりやすいですけど、ラブラブだからこういう風に喧嘩もするんです!すっごいうらやましいじゃないのに……。阿久津さんこそ、おうち平和なんですか?!」
「俺か?!」
ノートPCに突っ伏しているリカの頭の上でやいのやいのとしたやり取りが進む。
がばっと頭を上げたリカが天井に向かって叫んだ。
「うるさいっ!!」
驚いた顔で阿久津と珠輝が後ろに飛びのいた。閉じたPCをそのまま電源ごとバックに突っ込んだ。
「……帰る」
すっくと立ち上がったリカは、鞄を抱えて帰ります、と宣言してフロアを出た。