FLEX94*~グレイノイズ-2

玄関の鍵を開ける音がしてしばらくすると、空気が抜ける音がしてドアが開いた。

「ただいま」

その声を聞くとリカの疲れ具合がわかる。

―― ああ、今日も疲れてるんだなぁー……

「おかえり」
「ただいまー……。あれ?」
「ん?どした?」

鞄を引きずったリカが部屋に入った瞬間、きょろきょろと部屋の中を見渡した。

「なんか……。気のせいかな。あー、今日も大祐さんにご飯作ってもらってごめん!」

ぱしん、と顔の前で手を合わせたリカに首を振った。毎度のことだけにそろそろさらりと受け流すのも慣れてくる。リカは慌ただしく着替えを掴むと、大祐と同じようにバスルームに駆け込んだ。

それから出てきたリカと夕食を済ませた後、ソファには座らずに床に直に座った大祐の傍にリカがビールの缶を持ってきて腰を下ろした。

「遅くなった分、今日は持ち帰り仕事しないからね」
「珍しいね。大丈夫なの?」
「うん。だから、がんばってきたんだもん」

かしっと音をさせたビールの缶を開けて二人で飲みながら、何気なくテレビをつけた。比嘉が言った言葉をできる限り実践してみたが、それも対して何かがあるというわけでもないつもりだった。

ところが、リカは大祐の足を少しだけずらさせて、その間にすっぽりと収まった。

「どしたの」
「ふふ、慣れるとこのポジション、安定ね」
「そ?」

ローテーブルとソファの間に挟まれて、狭いだろうに大祐によりかかるようにして座る。
少しだけ横を向いて、大祐の肩に頭を寄せた。

「大祐さん」
「ん?」
「あのね……」

テレビに視線を向けたまま返事を返していた大祐が途中で切った言葉に顔を向けた。じいっと見上げてくるリカがそっと大祐の頬に触れる。

「何?」
「ざらざら……」
「男だもん。リカじゃあるまいし。……ってリカもちょっと肌荒れてない?」

至近距離からリカの顔をまじまじと見た大祐の言葉に、それはいいの、といいながらぐいっと顔を押しやった。

「大祐さん、明日も外回りあります?」
「ん?そうだなぁ。今は特に」
「じゃあ、明日、14時頃に帝都に来ることってできる?」

テレビの方へ顔を押しやられた大祐がもう一度リカを見た。
仕事の話なら正式にアポを取ってくるはずで、こういう言い方をするということは、仕事がらみではないのだろう。

「あのね。帝都テレビの見学ツアーってやってるんだけど、もしよかったら来ないかなーと思って」
「え、なんでリカが?」

ディレクターであるリカがそんな仕事に関わっているとは思えなくて、目を丸くするとぷにぷにっと大祐の頬をつつく。

「ふふ。言うと思った。あのねぇ。帝都の見学ツアーは前からやってたんだけど、テレビ局ならではのツアーをやりたいねっていう話になって、何回かに一度、情報局や報道局とか持ち回りでコースを組んだんです。それもあって、このところばたばたしてるんだけどね。明日は私の担当だからもしよかったらと思って。次に仕事をするときにもいいかもしれないし」
「そういうこと。そっか。どうかな、聞いてみるよ」
「うん。そうしてみて。来られそうだったらメールでもいいから連絡くれる?」

いいよ、と頷いた大祐の頬をそっと撫でる。

「でもね」

その先が続くと思っていなかった大祐は、もう一度視線をリカに戻した。

「来たくなかったら無理しなくてもいいの。……ていうか、やっぱなし。うん。なし。ごめんね」
「何。どしたの」
「ううん。ほんと、なんでもないの。仕事中に見学ツアーにきて、なんておかしなこと言ってごめんなさい」

怪訝な顔をしていた大祐に寄り添ったままリカは視線を落とした。

昼間の会議を思い出す。
あいもかわらず、報道局の彼らの態度は横柄で、自分たちがマスコミすべてを動かしているような鼻息の荒さであった。

「俺らにそういうことする時間なんかないんだよ。どっかほかのところが面倒見てくれればいいじゃん。その時だけフロアをちらっと見せればいいんでしょ?」
「そう言うことじゃなくて!ちゃんとどの局からも人を出していただく約束じゃないですか」

総務の担当は、困惑を強くした顔でそう言った。ほかの局も暇でやっているわけではない。
WGとしてスタートしたのでやむを得なく、と言うのが本音ではある。だがやるからには、と気合を入れているところに全く協力性を見せない報道局の担当者にカチンときたリカが立ちあがった。

「これも大事な仕事ですけど、報道局さんは担当の方が仕事をしたくない、とおっしゃっているということで報道局の上の方に上げていただいた方がいいってことでしょうか?」
「おい!お前、何様だよ!?俺は何もそういうことを言ってるんじゃなくてなぁ!」
「はい、この無駄な議論で今15分ほどロスしました。WGに参加している全員、ほかにもたくさん仕事を抱えてるんです。それに、報道局さんのコースの回だけめちゃめちゃ参加者が少ないとかあったらそれはそれで、だいぶみっともないことになりますよねぇ?」

こうした言い合いになるとリカも昔取った杵柄というか、本能なのか、口からは立て続けに言葉が飛び出してくる。
言い返されて面目を潰された格好になった相手は、肩を竦めて会議室の椅子に思い切りよりかかった。

「はいはい。報道から叩き出された女が」

ちっと盛大な舌打ちと共に全員に聞こえるように呟いたが、誰も相手にしないままでリカが腰を下ろすと、再び会議が再開する。議題は通常のコースを削った分、どういうコースをまわるようにするか、そして各局の設定コースの募集人数に対して、どういう評価を設けるか、などホワイトボードに書き出していく。

「人数が集中した場合は、回を多くしますか?」
「回が多いだけじゃなくて、やっぱり参加者にもよりませんか?たとえば、マスコミ関係が多いとか、有名人がきた!とかそういうの」

コースを組むだけではなく、その評価も必要だからだが、そこにすぐ報道局が食いついてきた。

「それ、俺達だったら議員さんとか呼んでもいいわけ?それともさぁ。ほらイケメンの旦那が自衛隊とかいうやつは、御一行様~って呼んだら評価されるの?」

再び会議室がざわっとどよめいて、今度は明らかに全員が不快の色を見せた。

投稿者 kogetsu

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