「それでは本日はありがとうございました」
出発したロビーに戻ってきた一行は、感想を書くアンケート用紙と帝都君グッズを受け取り、代わりにビジター用のネックストラップを返却する。
感想を提出した人には、抽選で帝都君QUOカードが当たるということもあって、ほぼ全員が感想を提出してくれた。
わざと比嘉と大祐の感想を受け取りに回ったリカは、二人に向かって手を差し出した。
「どーいうことですか?しかも比嘉さんまで」
比嘉の顔をちらりと見ながら大祐が感想を書いたアンケートを差し出した。一応無記名にしたんだけど、と呟いた大祐に無駄です、とリカが言い返した。
ツアーの申し込みの際に名前と連絡先は記載してある。ほとんどのものが提出しているところからすぐに名前は割れるはずだ。
しゅん、と項垂れた大祐は名前を書いて二つ折りにした紙を差し出した。
「比嘉さんも」
「はい。とても興味深い内容でしたよ」
んんっ!もうっ、と小さくぼやいたリカは二人から受け取ったアンケート用紙をバインダーに挟む込むと、それぞれに帝都君グッズを差し出す。
「ご参加いただきありがとうございました!……本当に、なんで?」
少し恨みがましい目を向けたリカに大祐が小さくごめん、と呟いた。
その大祐よりも一歩前に出た比嘉が、にっこりと比嘉スマイルを浮かべる。
「なんでなんて当然じゃありませんか。稲葉さんの企画されている見学ツアーと聞けば、日頃僕たちがお世話になっている帝都テレビさんを、より、詳しく知ることができれば、また改めていい企画をお願いすることもできるかと思いまして」
―― よく言う……
リカはそう思ったが、大祐は妙に真面目な目で比嘉の様子をちらちらと見ていた。
小さくため息をついたリカは、壁にかかった時計へと視線を走らせる。
「……あと、30分で終ります」
「……は?」
「ですから!あと30分で仕事は切り上げますから!……待っててください。今日のお礼もしたいので」
「あ、リ……稲葉さん」
じゃあ、あとで、と早口にまくしたてたリカは髪を何度も耳にかけながら足早に消えて行った。
比嘉と顔を見合わせた大祐は、受付の傍に置かれた帝都君の傍まで下がる。
「あの、比嘉さん、お時間は……」
「僕は構いませんよ。お二人のお邪魔じゃなければ」
「それは全然!もちろん、大歓迎なんですけど。じゃあ、どこかで待ってましょうか」
「そうですね。どこかありますか?」
大祐は比嘉をあの帝都の前の広場にあるベンチに連れて行った。
帝都の入り口が見える向きに揃って腰を下ろすと、大祐は周りのライトアップが変わったことに気づく。
「ここ。ライトアップが変わったんですね。昔、稲葉さんを待ってた時は帝都テレビさんのガラス張りの建物がすごく明るかったから、こっち側はすごくシンプルで、暖色のライトと、白色のライトが交互だったんです」
「へぇ。よかったんですか?そんな場所に僕なんか連れてきて」
「もちろんですよ。別になんでもないですし」
この場所で、初めてリカを可愛いと思って、リカの背負ったものを聞いて。
それから、リカが歩み寄ってくれたことが嬉しくて飲みに誘った。
リカ自らが、大祐から離れた場所でもある。
「……今は、一緒にいるのでなんということもないです」
左手の薬指に親指が無意識に向かう。
指輪を嵌めているところだけが細くなることも初めて知った。
「それより、比嘉さん」
「なんでしょう?」
「あれ、実は本気ですよね?」
大祐が詰め寄ると、比嘉はデイバックを胸に抱え込んだ。
「あの、空井一尉。非常に近いですけど。僕も稲葉さんに恨まれたくありませんし」
「あ……スイマセン。じゃなくて!」
「はい、ごめんなさい。はい、そうです」
「え?どっちなんですか?」
漫才のようなやり取りをした後に、リカが来るまでの間、比嘉はたくさんのメモを走らせた手帳を開いた。
見学ツアーの中で、一番発言し、手を上げて参加していたのは比嘉である。
「実は、こういう見学ツアーにもっと積極的に参加していこうという企画を今、室長と考えているところなんです。空井一尉もそうでしたが、僕らは広報官だからといって採用されるわけじゃありませんから、ほかの部署にいていきなり広報に回された人たちは、本当に大変だと思うんです。それをね?どうにかできないかと思ってたんです」
それは、ずっと比嘉が、空幕広報から移動せずに承認試験を受けずにいたことにも関わっていた。
比嘉のようなベテランの広報官が後輩を指導していくのはもちろんではある。だが、異動になって、そういう先達が抜けてしまうと、当然ながら彼らの動きも鈍くなってしまう。
誰もが平均的に、誰かに重心を置くのではなく、世間とのギャップや外を経験する機会を増やしたいと思っていたのだ。
「ですから、僕らとは縁が深い帝都テレビさんに初めにお邪魔できたのはとってもよかったです。それに、色々と稲葉さんなら相談に乗っていただけるんじゃないかと」
風の噂では、リカの上司である阿久津もなかなかの人物らしい。
鷺坂が、あっくんと呼んでいて、よい飲み友達になったことまで走っていたが、まだ一度も同席の機会に恵まれていなかった。
「僕は非常に真面目に今日のツアーに参加できて満足です。いや、後の半分はこれからくる稲葉さん次第ですけどね」
てっきり、リカの顔を立てるためだけと思っていた大祐は、驚くと同時に、何となく比嘉の言わんとするところが見えた気がした。