6月30日
「何、にやにやしてるんだ?空井」
「いえ!なんでもありません」
ついつい昨日のリカを思い出すと口元に笑みが浮かんでしまう。
この一ヶ月はまさにイベント続きで平日もかなり慌ただしい。空幕にいた頃と違うのは調整するのは、地元や地域の人々であることも大きい。
特に地元には地元のルールがあって、顔役や、議員など挨拶回りも多くなる。
酒の席も多いし、多少では酔わない自信があるが、飲む量もやはりこのあたりでは多い方ではないだろうか。
『休みを取って行ってもいい?』
自分はほとんど仕事でリカに付き合うことはできないのもわかっていて、それでも気ままにするからいいのだと言われたら嫌とは言えない。むしろ、嬉しくてついつい顔が緩んでしまう。
―― 仕事は仕事だけど、やっぱり頑張っちゃうような……
馬鹿だ、単純だと言われればそれまでだが、家に帰ってリカがいるという状況がほとんどないだけにそれだけでテンションが上がってしまう。
「空井。組合の方に挨拶に行くぞ」
「はい!」
立ち上がった山本に声をかけられて大祐は携帯をポケットに入れて、立ち上がった。
7月20日
「空井さん!」
空の日行事ということで航空ページェントでにぎわっている丘珠空港の中を携帯を握りしめてあちこち移動していた空井は、隊員に呼び止められた。
基本的には、イベント自体は運営委員会と千歳の広報官がメインで動いているが、展示飛行のプログラムに影響が出そうな場合は、調整が必要になる。
特に、ここでは陸自だけでなく、海自、海上保安庁も一緒に動いている。
朝の9時から民間機のフライトと分刻みで調整しながら、次々と飛んでいるのだ。
少し雲はあるものの、青空はすっかり夏である。北海道だけに少しは涼しいのかと思えばそうでもなく、暑さに首元を流れる汗を拭って、まるで比嘉のように早足で移動する。
走らないのは彼らが走っていると何か緊急事態かと来場者に思わせないためだ。
少し風が強くて、何度も空を見上げてしまう。雲が切れてくれさえすればスモークもきれいにはっきり出るだろうし、風が強ければすぐに流れてしまって、次の演目がきれいに見える。
オスプレイの地上展示もあるということで今日はマスコミの数も多い。
細切れの移動の合間に、ふと携帯を見た大祐は、リカからのメールを受信していたことに気づいた。
『お疲れ様です。ニコニコ生放送予約しました!無事に終えられるのを祈ってます』
「そっか。中継されるのか……」
今日は休みで家にいると言っていたリカからのメールに一瞬だけ、意識がそちらを向く。
肩からふわっと力が抜けて、代わりによし、という気合いが入ってくる。
終ってから電話かな、と思いながらポケットに携帯を戻した。
7月25日
『絶対休みはもぎ取ってやるんだから!』
そんな時間になんで局にまだいるの、と言いたいところだった。時間は23:52分。
大祐自身も忙しい1週間だったが、リカからほとんど連絡がなくて、23時過ぎにお疲れ様、とメールをしたら、怒涛のようにメールが届きだした。
急に忙しくなって、昼も席でおにぎりをかじったりするような有様だということ、それでも今週中になんとか片付けて来週の休みをもぎ取りたいのだという、半分意地になったメールに苦笑いを浮かべた。
そんなに無理をしなくても、これから秋までは航空祭シーズンで、ブルーのフライトもかなり予定されている。もちろん、遠地が多くて、なかなか足を運べないことも多いだろうが、これを逃してもチャンスがないわけではない。
『そんなに無理しないでもいいのに』
つい、そう思って書きかけたものの、すぐに消してしまった。
何も頑張っているリカに水を差すことはない。
『無理しないで終電無くなりそうならタクシー使って。それより先に帰れたらいいんだけど。明日は休めそう?』
『仕事です!!でもいいの!この分の代休を回してやるわ!』
いつも以上に勢いのあるリカのメールに吹き出した大祐は終わったら電話してねとだけ送った。
―― イベントがあるからではあるけど、頑張って会いに来てくれようとしてる奥さんかあ
無理しないで、と思う反面、嬉しくてついにやけてしまう。少しずつ、わがままやそんな可愛い面を見せてくれるようになって、ますます惹かれる。
仕事じゃないのかとか、そんなことは分かり切っていたが、頑張ろうという気持ちになれる幸福感は確かだ。
忙しいのも夏らしくていいのかもしれない。
リカからの電話を待ちながら大祐は溜まった洗濯物と一戦交えることにした。
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pixivからの転載です