彼女とお茶してその後…9

「あーあ。しかし、空井君にこんなこと言われる日がくるなんてなぁ」
「えー。ひでぇな。ま、確かに言えるけど……」

店をでて、ふらふらと駅に向かって歩いている間に男二人でぼやく。まるで、男子学生の様な二人の様子を見たらリカは何というだろうか。

「俺より全然モテるでしょ?藤枝さん」
「まあね?でも、空井君もモテただろ?パイロットなんか、今でも超人気だし」
「うーん、今思えばそうなのかもしれないけど、俺、当時全く気付かなかったんだよなぁ」

今の大祐についてもリカの苦労という名の惚気はよく聞かされている。きっとそれが当時は本命がいないだけに本気で鈍かったのだろう。

「その当時の空井君だったら、稲葉と大喧嘩だろうな」
「だとしても、俺には稲葉さんしかいませんから」
「はいはい。その当時の空井君にそう言ってやんなさいよ」

ふらつくほどは正直飲んでいない。だが、ほろ酔い気分でふらふらと歩くのが気分がいいのだ。肩をぶつけあいながら駅までの距離を楽しんでいるのも妙な気分である。

「いーんですよ。俺の話じゃないでしょ、今は。藤枝さんの彼女の話ですよ」
「彼女じゃないって」
「じゃあ、教えてくださいよ。何さんですか。年上って言ってましたよね?」

とん、と、大祐の肩を藤枝が軽く突いた。

「今は、まだ、彼女じゃない……、から彼女になったとしたら教える」

ふっと笑った大祐が拳を突きだした。その拳を掌で軽く叩く。鈍い、というが大祐はすぐに察したらしい。それ以上は何も言わずに、手を引いて、再び歩き出す。
ずっと認めたくなかった心の内側を見つめた藤枝が、動くかどうかは大祐にもわからない。動かない、という選択肢があることもわかってはいる。
それでも、この年になってできた友人の想いが叶うといいな、と思う。

「また飲もうな」
「次はさすがに、あの人たちにも声をかけないと色々言われそうなんですよねぇ」

ん?と横を向いた藤枝に、大祐は口だけを動かして示す。ああ、と頷いた藤枝も面々を察して苦笑いを浮かべた。

「まあ、それは……空井君に任せるけどうまくやってよ」
「片山さんは色々面倒だからなぁ」
「でも、あの人は今、幸せいっぱいだから被害は少ないでしょ」

もう間もなく、子供が生まれるという片山の話題と言えばのろけ話ばかりなのだ。それはメールでも同じで、近況を聞いてきておいて延々惚気るということを繰り返している。
駅に着いたところで、藤枝は先に大祐を送り出した。

「お先にどうぞ。俺は近いしね。さっさと稲葉のところに帰ってやりなよ」
「ん。じゃあ、先に。また」
「じゃ」

改札を抜けていく大祐を見送ってから携帯を見る。帰りたいような、帰りたくないような。

―― 今までの俺なら……

誰かを呼び出して、朝まで一緒にいただろう。藤枝は、バッグから財布を取り出して改札を抜けると、頭上の電光掲示板を見てホームに向かう。
電車を待つ間に、西村に送るメールを考えているとそれだけで口元に何とも言えない笑みが浮かぶ。

滑り込んできた電車に乗ると、一人電車に揺られて家まで向かう。
すっかりリカや大祐の影響を受けたな、と思いながら藤枝は、書きあげたメールを送らずに携帯をしまった。

 

 

 

 

『お時間あったらご飯、どうですか。できれば金曜の夜とか土曜日とか』

久しぶりにそんなメールを送った後、なかなか返事が返ってこなくて、藤枝は苛立っていた。いつもの吹き抜けのオープンスペースでコーヒーを片手に携帯を手の中で転がす。
せっかく覚悟を決めて見ればこれだ、と舌打ちをしたかった。

きっと仕事が忙しいんだろう。これまでも時々そんなことがあって、しばらくしてから仕事が忙しかったからと詫びの連絡が来ていたからだ。
そんな後姿を見かけたリカが声をかけようと後ろから近づいた。

「藤枝?」
「何?」

いつもなら軽口で応えるはずなのに、真顔で振り向きもしない藤枝の腕をぐいっと掴んだ。

「ちょっとなによ」
「何だよ?!」

思いがけず、ぴしゃりと言い返されたリカが鼻白んで、手を離した。

「……ごめん」
「何。なんなの。俺、次の仕事あるんだけど?
「……うん。大した話じゃないから。ただ、この前、大祐さんと一緒だったの、楽しかったみたいねって」

その話か、と呟いた藤枝は、カップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「またそのうちって、空井君に言っといて」

じゃあな、とリカの顔を見もせずにカップを握りしめてダストボックスに放り込むと、そのまま廊下へと戻っていく。追いかけられずにリカが見送った後、藤枝はフロアに戻るのに、人の多いエレベータを避けて、階段を下りる。踊り場でため息をついた瞬間、携帯が震えた。

はっとして携帯を見るとメールではなくて着信である。

「もしもし?」
『もしもし。西村です。今、大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ。西村さんこそ、大丈夫ですか?」

心臓が跳ねて、生ナレーションよりも緊張している気がする。
普通にしているつもりでも、噛んでしまう。

『すみません。メールにしようかと思ったんですけど。なかなか返信できなくてすみません。ちょっとばたばたしていて』
「ああ。うん、そんなことじゃないかーって、思ってましたよ。西村さん、俺より忙しいからね」
『そういうことにしておいてください。とりあえずお詫びがしたかったので。せっかく誘っていただいたのにすみません』

電話の向こうの声が、本当に申し訳なさそうだったので、さっきまでの苛立ちよりそちらが気になってしまう。
携帯を握る手を持ちかえて、息を吸い込んだ。

投稿者 kogetsu

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