ありえないほどの時間で、結婚した空井とリカは、何をするにしても初めてのことばかりで、二人で初めての新年を迎えた後、二月に入ってからは初めての東京に空井はいた。
「んん……っ!」
「は……」
「や、もう……っ」
外は雪が降っていて凍えるほど寒い。その表から帰ってきて、ずっとベッドの中にいた。
声を抑えきれないリカを翻弄して、ベッドに引き留めて、腕の中に閉じ込めている。
「だ……いすけさ……っ」
「黙って……!まだ、全然足りないから……っ」
熱くて、離れている間の分も深くまで貪って。
真っ暗な部屋の中でふと、リカが目を覚ました時には時計は深夜を超えていた。
何も身に着けていなかったのに、少しも寒くなかったのは、ずっと腕に抱えられてすっぽりと包み込まれていたからだ。そっと起き出そうとしたリカを眠っているはずの空井が強く引き寄せる。
もう一度、そうっと腕を外すと今度はぱたりと腕が落ちて、寒くないように毛布でくるんでおいて、リカは服を身に着けた。
喉が渇いて起き出したリカは、キッチンで水を飲んでからお風呂に湯を張った。
ちゃぷん、とシャワーを浴びた後にお湯に浸かって、ぼうっとする。新幹線で東京に来た空井と一緒に夕飯を食べて帰ってきて、玄関に入ってすぐにキスしてからずっと、離れられずにいた気がする。
「……チョコ、作ろうと思ってたのに日が変わっちゃった」
時間がなかったから、夜に作って食べてもらおうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
あまり音をたてないようにそうっとバスルームからでたリカは、キッチンに立った。エアコンをつけて、寒くないようにしながら、買っておいたチョコレートを取り出す。
セミスイート。
ゼラチンと牛乳を用意して、ボウルに卵白を入れたところで手を止めた。部屋で泡立てていたらうるさくて、起こしてしまうかもしれない。
部屋着の上に、ソファに置いておいたひざ掛けを羽織ってからボウルに入れた卵白と、グラムを計った砂糖と、泡だて器を持ってそうっと狭いベランダに出る。
申し訳程度についているベランダは、思った以上に寒かったが風が吹いてくる向きが逆だったから雪が舞い込むこともない。
都会のマンションだけあって、表の音はかなり抑えられることはわかっていたし、この寒さなら氷水もいらない。時々ポケットに入れて置いた砂糖を混ぜながら、凍える手で泡立てる。
がしがしと叩くように混ぜているうちに、どんどん指先が冷たくなってくる。
もっと違うのにすればよかったと思うが、ほかに材料も揃えていないから仕方がない。5分程度まで行くと、寒さでなかなか手が動かせなくて泡立ちが遅くなってきた。
「寒……」
さすがにまずいか、と思い始めた瞬間、背後のガラス戸が勢いよく開いた。
「何してるの!」
「え、あ。きゃ!」
ボウルを抱えたリカの腕を掴んで、一息に部屋の中に引き入れる。
掴んだ腕がすっかり冷え切っていて、手にしているボウルを取り上げると大股でベッドから持ってきた毛布にリカをくるみこむ。
「……部屋に、いないからどうしたのかと思ったらなんか音がして」
「ごめ……。起こしたくなかったし、表なら冷やさなくてもちょうどいいかなって思って」
「馬鹿ですか!こんな日に!雪が降ってるのにそんな恰好で表にいるなんてっ」
ついつい怒鳴りそうになった空井にびくっとリカが首をすくめて小さくなる。
ぎゅっと目を閉じて、怯えたリカをぎゅっと抱きしめた。
「無茶なことしないでよ……」
「……ごめんなさい」
「俺なんか起こしたって構わないのに……。で、こんな時間に何やってたの?」
冷たくて冷え切ったリカの頬を両手で包み込んだままでリカに問いかける。
すっかり明るくなった部屋の中で急いでリカから取り上げたボウルを見て、空井の顔に?が浮かぶ。こんな真夜中に泡だて器を持って外にいたリカが全く分からない。
「あのね。本当は、あの、作っておくはずが時間がなくて、一緒に帰ってきたら作ろうって思ってたんだけど」
「え?何、どういうこと?」
「だから、今日……、じゃなくてもう昨日だけど、バレンタインデーだったでしょ?」
それは空井もわかっている。だから一緒に食事をして、その時もデザートはバレンタインの特別なデザートで二人で楽しんで帰ってきたのだ。
「それはわかってるけど……、え、まさか、それで何か作ろうとしてるの?こんな夜中に?」
ついつい畳みかけてしまった空井にリカが唇を噛みしめる。こんな夜中に無理してバレンタインのチョコをつくろうだなんて、女子丸出しで恥ずかしくなる。
「だって……」
「だってって……!そのためにこんな寒いのに表にでてたの?!」
「っ!だって、仕方ないじゃない!作ろうと思ってたし、ほかのものに変えられるほどレパートリーがあるわけでもないし、朝起きたら食べられるといいかなって思ったんだもの!」
目を丸くして驚いている空井に申し訳なくて、毛布の中に顔を隠すようにして小さくなったリカを空井がぽんぽん、と優しく頭を撫でた。