「……俺、全然恰好よくないから」
「え?大祐さんが?」
「……うん」
リカの頭の中にはてながたくさん並ぶ。
―― 恰好いい?よくない?何の話?
ひとまずは空井から話を聞く方が先で、その背に腕を回したリカが空井の髪をゆっくりと撫でる。
「藤枝さんみたいに、さらっとスマートなことできないし、すぐにその……ぐるぐる考えちゃうし」
「考える?あ、勝手に何か考え込んじゃうってこと?」
「ん……」
ひどく歯切れの悪い空井の独り言のような囁きを聞いているうちに、リカの眉間に皺が刻まれた。我慢できなくなって、少し布団にもぐった格好の空井に合わせてリカも顔の位置が同じになる様に移動する。
「ね、藤枝がスマートなことってなに?」
「それは……。お花……とか、そもそもいつも格好いいし、服もセンスいいし」
「えぇ?!ちょ、ちょっとまって!待って。大祐さん」
ますます顔を伏せて潜っていきそうになる空井を押しとどめていつもはされる側になる、額をぴたりと合わせてその目を覗き込んだ。
「大祐さん、忘れてる!私、イケメンが好きなんじゃないって前に言いましたよね?私、藤枝がイケメンだと思ったことなんてないけど、あれをスマートっていうならそれだけ女の子を泣かせてるってことだから!あんな気障なこと普通にする奴の方がおかしいでしょ?!」
「……でも、女性はそういうの、嬉しいだろうし」
「そりゃ、お花は嬉しいけど、だからって。ああもう!」
両手で空井の頬を包み込むと、リカから唇を寄せた。いつもよりは控えめながら、空井がそれを受け止める。優しく、唇で唇をあやす様にリカが口づけてからそっと離れた。
「もう……。格好いいかと言われたら、藤枝も格好いいのかもしれないけど。でも私にとって、いつもどきどきしちゃうほど格好いいのは大祐さんなの。スマートっていうけど、大祐さんこそ、すごく自然に私を女として扱ってくれるでしょう?それがね。いつも……、私のガラに合わないなって思うんだけど、やっぱりすごく嬉しい」
「当たり前でしょ?リカは女性なんだからもっと自分のことを大事にしてほしいし、大事にするのも当たり前だし。……あれっ?!ていうか俺のこと今、格好いいって言った?!」
「言った!私にとってはめちゃくちゃ格好いいの!……ああもう、こんなこと力説するなんて恥ずかしいけど!」
言ってるうちに、自分でも恥ずかしくなってきたリカが顔を覆った両手を空井が手首をつかんだ。恥ずかしさでいっぱいになったリカの顔を間近で覗き込む。
「それ、……本当?」
「あ、当たり前じゃないですか!誰が自分の夫を褒めるために嘘つくんですか!」
恥ずかしいとは思うが、それも仕方がないと思って、開き直ったリカがそういうと、空井の口元がへの字に歪んで、何とも嬉しそうな顔でぎゅっと抱きついてくる。
「大祐さん?!」
「ん」
「もう……。それで拗ねてたの?」
抱きついてくる空井を感じながら、空井の髪に手を当てて、ゆっくりと撫でる。
「ちょっと意外だけど、大祐さんも同じなのね」
「同じ?」
「うん。私、昔は芳川さんみたいにかわいい子が大祐さんの傍にいたんだって知った時、同じようにちょっと、ね。私は可愛くないし、素直でもないし、小さくもないし」
「そんなことないよ。リカは可愛いし、きれいだし、すごく素直だよ」
「大祐さん、無理しなくても」
今度は空井の方がリカに口づけて言葉を封じ込める。リカのキスよりも少しだけ踏み込んだ空井のキスは唇の内側を舐めてゆっくりと唇を吸って離れた。
「リカがそう思ってなくても、俺にはそうなんだよ。俺にはリカは可愛くて、きれいで素直で、自慢の奥さんなんだ」
「……なら、私だって同じ。私には大祐さんが一番格好よくて……」
「うん。どきどきしてるね」
リカの胸のあたりを抱きしめているから触れている場所から、リカの鼓動が伝わってくる。
寄り添っていることも、たった今のキスもリカをドキドキさせるには十分で。それをあえて口にされると、ますます恥ずかしくなる。
「い、言わないで」
「ほら。素直だよ」
「そ……れはっ」
もう一度、ちゅ、とキスすると、ニコリと笑う。
好きすぎて不安になったり自分に自信が無くなったり。同じようにその反対も。
少しは自信を持っていいのかなと思ったからこそ、リカはマキシワンピを着て職場に行った。
「リカが可愛いから自慢したくて、あの服も着てって頼んだんだ。リカはそう思わなかったみたいだけど、藤枝さんから転送してもらったメールは全然違うよ」
「嘘」
「嘘じゃないよ。でも見せないけどね」
藤枝がわざわざ選んだそれらは特にリカを可愛いとか、一度、合コンをというものばかりで、それをリカに見せればその誤解も解けるだろうが、空井の心境としては絶対に見せたくなかった。
「信じられない」
「嘘じゃないし、リカは素直で可愛いよ」
「それは大祐さんの贔屓目でしょ?」
「それを言うならリカの方こそ、そうでしょ?俺は格好いいなんて言われたことないよ?」
リカも大概、疑り深いというか、自分に対してのコンプレックスなのだろう。ガツガツ、という言葉や、可愛げがないという言葉に敏感だが、空井は空井で相当自覚がない。男が多い職場で、格好いい、という言葉の基準が少し違うのかもしれないと思うくらいだ。
ふと思いついて、リカは自分から大祐の手を胸の少し上側に触れさせた。
「……っ?!リカ?」
空井が触れるのもハグなら許されても、胸に触れるのは蜜事の間がいいくらいで、ほかは全力で恥ずかしがって逃げられるのに、自ら手を引かれるとは思わなかった。
「……わからない?」
「え……?」
「こんなに……ドキドキするのに」
その言葉は、空井の手の感度を急激に跳ね上げた。
部屋着越しに、触れた胸の柔らかい感触と、そこから血が通っている鼓動が少し早く伝わってくる。
「……ほんとだ。早い」
「大祐さんの目は、少し色が薄くて、その目にじっと見られるとドキドキする。大祐さんの声、ちょっと低いようでそうじゃなくて、ものうい感じで、こんな近くで聞いてると……」
―― すごく気持ちいい
秘密を共有するように、唇が触れそうな距離で囁かれると、それはもう誘われているとしか思えない。舌が少し顔を覗かせた唇に触れるか触れないかのところで舌だけを絡め合わせる。
互いを転がすように触れさせる舌が濡れた音をさせる間に、一度は本人に導かれた手が部屋着の内側に入り込んだ。