真昼の月 2

一通り、フロアのざわめきが落ち着くのを待って、カメラマンが肩にカメラを構えた。音声担当からピンマイクを受け取っていた藤枝が、すっと息を吐く。
廊下から席のある場所に向かって動き出したところからカメラが回り始める。この部分は後で局でナレーションを被せるのだ。

「ではこちらに」
「今日のトゥルーストーリーのコーナー、藤枝はこちらの会社にお邪魔しています」

いつものように快調な滑り出しである。ターゲットのいる部署の全員がにこにこと振り返っていた。カメラが一舐めしてから間を開けて部署の紹介をする。

―― よし!今日も絶好調!

「……そのなかのこちら。女性ディレクターの西村さんにお話を伺っていこうと思います。初めまして。帝都テレビの藤枝と申します」

手を差し出そうとした藤枝が、相手の手が体の前で両手を組んでいるのを見てさりげなく手を下ろす。モノトーンの服に身を包んだ女性がぺこりと頭を下げた。

「どうも、よろしくお願い致します」

事前に打ち合わせしていた通りに、話が進む。冒頭で流す部門紹介や職場紹介のあたりは差しさわりがない様に、事前に送ってある流れ通りに進めるのがセオリーなのだ。流れで職場風景をざっと映しながら一旦、撮影を終了すると、あとは応接に移動してインタビューだ。
カメラマンが機材をしまって、移動の支度をしている間に、藤枝がもう一度、挨拶をしようと振り返った先に当の人物はいなかった。

「あれ?」

気が付けば取材相手である西村はすでに背を向けて、奥の方でスタッフの画面を覗き込んでおり、あれこれと指示を出し始めていた。
カメラが止まった瞬間から、緊張が解けてがらりと取材相手の態度が変わるのはよくあるが、さすがの藤枝もこのパターンは初めてで呆気にとられてしまう。

「藤枝さん。先に応接の方へご案内します」
「あ、はい。あの……」
「ああ」

さらりと気にも留めなかった秋山が藤枝の視線に気づいて、にこりと笑った。

「気になさらないでください。後程西村は参りますので」
「そう……なんですね。わかりました」

気にはなったが、ひとまず秋山の案内で応接に移動した。

取材が終わって、ディレクターたちと一緒に局に戻った藤枝はロビーから階段を上がったところで、打ち合わせが終わったリカと行き会った。

「あ、藤枝。お疲れ。ロケ?」
「おう。インタビューな」
「あれでしょ?トゥルーストーリー。私、結構好きでみてるのよね。どうだった?今日は」

カメラマンに片手をあげて、ディレクターがさっさと移動していくのを見ながら立ち止った藤枝は、ぐりぐりと肩を回した。
ふむ、と珍しくその顔が微妙なものになる。

「うまくいかなかったの?」
「んなわけあるか。つーか、まあ、なんていうか……」
「なによ?」

どうと聞かれてさくっと応えられないことも珍しいが、何というか、不思議な印象だったのだ。インタビュー中やカメラの前ではひどく落ち着いて、いわゆるできる女という雰囲気だったが、カメラが止まってインタビューが終わると、挨拶もそこそこにあっという間に藤枝の前から姿を消してしまう。
広報担当者が取材慣れしているだけに、そのギャップが余計に印象に残る。

「女性ディレクターって肩書はお前と一緒なんだけどさ。WEBとかそういうコンピュータ関係のディレクターさんでちょっと変わってた」
「はは~ん。あんたの好みじゃなかったんだ」
「ま、そんな感じ。……っておい!お前じゃあるまいし、俺は取材相手にのめりこんだりしねぇの!」

ちょいちょいっとリカの手を指差すと、じろりと睨まれる。その指には細いリングが光っていた。

「空井君、元気か?最近、会ってんの?」
「ん。元気なんだけど、ここの所忙しいみたい。これからもっと忙しくなるみたいで、その前にできるだけ時間を作ってくれるんだけど……。忙しくなっても私が行けばいいじゃないって言ったんだけど、それはダメって言われちゃった」
「へぇ。じゃあ、よっぽど忙しくなるってわかってるんだな。んじゃ、空井君が忙しい間に飲みいこうぜ」
「聞いとく。……空井さんに」

―― 言うなぁ……

肩を竦めて、じゃあな、と離れるのは別に空井の話が聞きたくないわけではない。
ただの軽口でしかないのに、鬼の居ぬ間という感じでリカに近づいているとは思われたくないからだ。空井には仁義は通しているし、隙につけ込むような真似をする気は毛頭なかった。
それでも、男の意地というのもある。

自席に戻った藤枝は、今日貰った名刺をコピー機にかけた。しゅるっと吐き出されたコピー用紙には秋山と西村ほか、取材先会社の名刺が1枚に収まっている。
名刺は名刺フォルダにしまいつつ、コピーしたものは取材ファイルの方へとファイリングする。

後日編集が終わったらナレーション入れに呼び出されるはずだ。
携帯の画面を見ると受信メールがある。彼女の一人からのデートの誘いだ。

『じゃあ、おいしいご飯でもたべようか』

さらりとそう返事を返して仕事に戻る。いつもの日常で、特に幸せでもなく不幸せでもない。
ふと、デスクに携帯を置くと、ついさっき離れたリカのことを思い浮かべる。空井とリカの青春ドラマを地で行くような純愛は到底できそうにないなと思う。

女の子は好きだ。
どんな子でも可愛いし、好きになれるし、付き合える。時々、面倒に感じる事さえも他愛なく思えるから不思議だ。
そう言う自分が心底から女の子が好きなんだろうなぁと思ってしまう。

いつか刺されるわよ、とリカにはよく言われるが、そんなことはないだろうと思う。

―― 俺の彼女たちはそういう子たちじゃないもんね

悪く言えば、藤枝は二番手、三番手の男ではあってもそれはそれで構わないと思っている。藤枝自身、本命の彼女がほしいと思っているわけではない。
絶対に認めはしないがそこに稲葉リカという存在があるのは確かだった。

「藤枝ちゃん!次いくよー」
「はーい。藤枝行きまーす」

呼びに来たディレクターの声に立ち上がった藤枝は、机の上に置いていたコーヒーを一口飲むと、携帯をポケットに入れて飄々と歩き出した。

投稿者 kogetsu

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