きっちり半分食べると、次々と大祐の方へと皿を返していく。
負けず嫌いで、意地っ張りなリカがこんな風に言ったら、駄目なこともわかっていたはずなのに、大祐は大祐で、リカ本人から聞かされなかったことや、今更のようにやっぱりいい人だと言い出したリカにもひどく腹が立っていた。
どれほど見ている方が心配しているかわかっていない。
こちらも腹立たしさを抱えたまま、次々と皿を空にしていくと、引き換えなのか少しずつ頭の方が冷えてくる。目の前のリカがひどく傷ついた顔で、精一杯意地を張っているのを見ていると、せめて今言うべきではなかったとやっと冷静に思えてきた。
腹立たしさも、リカを想うからであって、それをうまく伝えればよかったと、冷静になってくるとそう思う。我ながら身勝手だなと唇を噛みしめた。
「……ごめん。せっかく、一緒にご飯食べようって俺が言ったのに」
「全然!大祐さんはきっと間違ってないんです!私の方が甘くて!考えなしだから仕方がないんです」
「違うよ。そういうつもりで言ったんじゃないよ」
「無神経で、気が利かないですよね!ほんと、自分でも嫌になります」
完全にへそを曲げた状態で、噛みつくようにそういったリカはそろそろ飲みすぎだろうに、次のグラスを注文する。
もうやめた方がいいと思ったが、今、酒だけを止めても仕方がない。
「それ、飲んだら帰ろう。そして、ちゃんと話そう」
「いいですよ。とことん話したって私は構いませんから!!」
「うん。ちゃんと話して、悪いのは俺なんだけど、でも」
ぐい~。
それを飲んだら、と言ったからなのか、運ばれてきた酎ハイを今度は最後とばかりにリカが一気に開けた。
「あ、ちょっ……。何も一気飲みしなくても」
「大丈夫ですっ、このくらい!」
さすがにそれはまずい、と思ったが、もう仕方がない。
すぐに会計を、と奥へ叫ぶと、リカが崩れる前になんとか帰り着かなければと思った。
会計を済ませた後、リカの手を取って店から歩き出す。今はまだ歩けているが、じきにさっきの最後の一気飲みが聞いてくるはずだ。
「リカ。タクシーで帰ろう。その方が楽でしょ?」
「何でもいいですよ。私の選択じゃ間違いますから」
そうじゃなくて、と言いかけたが今何を言っても無駄だろう。大きな通りに出ると、空車のタクシーを見つけて手を上げた。店に入った時間も早かったので、時間で言えば1次飲みが終わるかどうかという頃だ。
まだ空車もたくさん走っている中で、一台が止まった。
先にリカを押し込んで、その後に続いて大祐も乗り込む。行き先を告げて、タクシーが走り出すと、リカは反対側のドアに寄りかかる様にして外を見ている。いつもなら大祐に寄り添うように座るだろうに、今はその距離がリカの気持ちを示すようだ。
それでも手を伸ばした大祐はリカの手を握りしめる。
―― ごめん。でも……
リカは女だから。
たちの悪い男が相手の場合もあるのだとわかってほしかった。
傷ついてほしくない。傷つけたくない。
たったそれだけの事なのに、どうしてこう、うまく伝えられないんだろう。
たくさんの車の中を縫うように抜けて、リカのマンションの傍まで来ると、信号で止まったタイミングでタクシーを止めた。
ここでいいと言って、代金を支払うと、リカの手を引いた。
「降りるよ。リカ」
黙ってのそのそと動き出したリカは、相当酔いが回ってるようだった。
それでも何とかタクシーを降りて、家に向かって歩こうとするのはリカの意地なのだろう。ふらふらと危うい足取りながらなんとか先に歩いて行く。
「掴まっていいよ」
「……大丈夫です。私、一人でだって……ちゃんとできますから!」
「わかってるよ。でも今は酔ってるでしょ?」
振り払おうとするリカの体を支えて、マンションにたどり着く。鍵を出そうとしたリカが鞄の中身をぶちまけそうになる。
がしっとそれを掴んで止めた大祐は強引にリカを抱きかかえるとオートロックを開けてマンションに入った。なんとか部屋まで辿りつくと、靴を脱いだところでリカがぺたりと座り込んだ。
「うわ、リカ。あと少し。部屋まで頑張って」
むぅっと大祐の顔を見ようとしないまま、鞄を置いて、這うように立ち上がったリカが部屋まで辿りつくとソファに崩れ落ちた。
ふう、とため息をついた大祐は、自分も部屋に入ると、二人分の鞄を置いてスーツのジャケットを脱ぐ。ひとまずそっとしておくことにして、その間に着替えてしまった。
冷蔵庫からペットボトルを出してきて、リカの足元に腰を下ろす。
「お水、飲む?」
ばさっと倒れ込んだリカの顔に髪がかかって表情が見えない。そっと手を伸ばして髪をかき上げると、目を閉じて眠っているようだった。
眉間に皺を刻んだまま、悲しそうな顔で眠る姿を見ると、胸が苦しくなる。
―― 悲しませたいわけじゃないんだ
リカの様子をみて、今はまだ比嘉達が今回の件を知って、動いていることは話せないと思う。今話せば、ますますリカは頑なになってしまうだろう。ソファの傍に持ってきたリカの鞄の中に貰ったというパッケージが見えた。
手を伸ばしてそれを取り上げると、いかにも可愛らしいデザインのピアスが入っている。
だが、それがリカに似合うとは思えなかった。いかにも安いもので手ごろ感があって。
―― こんなもので騙されないでよ
美人で、仕事もできて、魅力的な女性なのだともう少し自覚してほしい。
テレビ局だから、それこそ女優やモデルを見かけることも多くて、比較対象がそこなのかもしれないけど、それでもやはり違うのだ。
着替えをさせるのは無理と見て、抱き上げるとベッドにそのまま寝かせる。その隣に長身を滑り込ませると、ひどく切ない気持ちで大祐は目を閉じた。
真夜中過ぎに、喉の渇きを覚えて目を覚ましたリカは、薄暗い部屋の中でずるずるとベッドから滑り降りた。
頭が重くて、喉が渇いて、べたべたした感覚に、起き出してすぐキッチンに向かうと、水道水をそのままコップで一息に飲んだ。
「……ふう」
―― なんで着替えずに寝ちゃったんだっけ
少しずつ記憶を巻き戻していくと、徐々に思い出す。
途中途中で、ああそうだった、と思い出すと、そっとバスルームに向かった。お酒を飲んだこともあって、汗ばんだ肌が気持ち悪い。
頭からシャワーを浴びると少しだけ冷静になれる気がした。
バスルームを出て濡れた髪を拭いながら部屋に戻ると、ローテーブルの傍にぺたりと座って、鞄の中から高柳にもらったピアスを取り出した。
本当はリカも高柳を信じていいのかはわからなかった。ただ、信じたいと思っただけで。
初めからあんな風だったとは思えなくて。
まるでリカが広報室に初めて向かった時のように、すべてがひねくれてしか思えずに、誰もかれも疑って、道を間違えた時のように思えた。
信じることで自分を変えてくれた人がいるから、少し手も手助けしたかっただけだ。
「……私にできることは、番組を作って流すことだけか」
蓋を閉じたピアスをテーブルの上に置いて、ソファに寄り掛かる。疲れた頭がそのままずるずると眠りの中に落ちて行った。