どん、とビールグラスをカウンターに強く置いたリカは隣に座っている藤枝を睨みつけた。
「だから!どういうこと、これ!」
携帯の画面には藤枝から送られたメールが表示されている。
『お前、最近ムカつく。夜、おごれよ。いつもの店な』
「何かムカつくっていうのよ!」
「全部」
「はぁ?」
リカの方を見ることもなくビールグラスを傾けた藤枝がそういうと、むっとしてその腕を掴んだ。
「意味わかんないんだけど」
「なにが?」
初めは憤慨していたリカも藤枝が随分機嫌が悪いことに気づいて、手を引いた。いつも柔和な藤枝の不機嫌さはさすがのリカも勢いを納めてしまう。
「お前さ、空井君と幸せになったからって、ちょっと浮かれすぎじゃね?」
「……浮かれすぎってどういうことよ」
「足元が浮ついてるっていってんの」
「だからそれがどういうことよ!」
振り返った藤枝がじろりとリカを睨んだ。
リカは、もともと不器用な女だが、それだけではなく恋愛にも不器用と言える。男の心の動きに鈍すぎるのだ。
「お前、入籍してから空井君と何回会った?」
「!……なんでそんなことあんたに」
「その間に何回、飲み会あった?」
「……」
入籍しても一緒にいられたのは週末の休みに有休を足して1日だけ。それからも極力時間を合わせて会っていたが、それでも毎日会えるわけではない。
週末ごとに会えたとしても月に4回。それが最高で、実際にはもっと少ないのだ。
お互い、結婚した直後はそれぞれが祝いの飲み会に誘われていた。それも今はだいぶ落ち着いている。
「私は、ちゃんと空井さんに」
「断った?そうだろうなぁ。空井君は駄目だといわないだろうよ」
「……なによそれ」
妙に含みのあるいい方にリカはむぅっとしたまま、眉間に皺を寄せた。
全くわかっていないリカに向かってわざとらしく盛大なため息をついた藤枝は、二杯目のビールを頼んだ。
「本当にお前、わかってなさすぎ。何浮かれてんだよ?前はそんなに飲み会なんか出て歩かなかっただろ?」
「それは、私を誘う人なんていなかったじゃない」
「へーえ。じゃあ、今までも誘われてたら行ってたってか」
「……行ったわよ」
意地になって答えたリカに、軽い舌打ちが返ってくる。空になったビールのグラスを何度も回していたリカに、カウンターの中からもう一杯?と目線で問いかけられた。
頷いたリカの前に新しいビールが置かれて、代わりにあいたグラスを差し出す。
「……今までは誘われなかっただけよ」
「ふうん?じゃあ、そういうことでいいんじゃないの?俺は関係ないし」
もう一度、ため息をついた藤枝は胸のポケットから携帯を取り出した。
連絡先の中からその相手を選んで発信する。
「もしもし。久しぶり。元気ですか」
いきなり誰に、と振り返ったリカに向かって、藤枝は笑いながら続けた。
「ちょうど今、稲葉と一緒に飲んでるんですよ。それで久しぶりに電話してみました。代わりましょうか?嫁さんに」
ぎょっとしたリカに向かって、藤枝は携帯を差し出した。
ん?と眉を上げた藤枝に声を出さないまま、なにするのよ、と呟く。それでもそのまま電話に出ないのもどうかと思い、携帯を受け取る。
「もしもし。大祐さん?」
『……リカ?』
「あの」
『後で帰ったら、電話して?あまり遅くならないうちにだといいんだけど……』
ちり、と心の片隅に小さなささくれのように一瞬感じられた声音が、藤枝の言葉を裏付けるようでジワリと気持ちが焦る。
「もちろん。あの」
『じゃあ、藤枝さんに代わって』
リカの言葉を遮った大祐に何も言えなくなったリカの手から藤枝が携帯を取り戻す。
「空井君?そういうことで、またこっちに来たら一緒に飲みましょう」
二言三言、挨拶を交わしたあと、携帯を切る。グラスを手にした藤枝は軽く手を払った。
「わかっただろ。お前は自分の考えだけなんだよ。さっさと帰って空井君と話せ。ちゃらちゃら飲み歩くな」
すっかり叱られた気分でリカは、黙り込んだ。
ちゃらちゃらしているつもりもない。大祐の事を蔑ろにしているつもりもない。
飲み会と言っても、打ち上げや、打ち合わせを兼ねたキックオフ的なものばかりではある。大祐にもどんな飲み会で、どういう参加者がいたのか、きちんと話しているのに。
「……わからないわよ。だって、私」
「わからないわけないだろ。お前だって本当はわかってるんだろ?今、空井君に悪いなって思ってるんじゃないの」
「それは」
それは藤枝がそういうから。
大祐さんに変な電話をするから。
―― 私は、ただ……
「帰る……」
「おう。帰れ、帰れ。ここはおごりにしといてやるよ」
藤枝のその口ぶりが妙に悔しくて、リカは鞄に手を突っ込んだ。無造作に財布を取り出すとぱっと財布から千円札を何枚かテーブルの上に置いて、じゃあね、と振り返りもせずに店を出た。
あらら…リカちゃんったら。公私ともに充実しているからこそなんでしようけど…。
特に大好きな大祐さんをいつも想っているからこそ…とは思うけど。
でも、大祐さんのモヤモヤも分かる気がします(^^;)))
藤枝がどんなメールを送ったのか?
ドキドキします(^^)
くう様
ありがとうございまーす。
ちょっと足元が浮いてますよね。もやもや大祐さんの方の立場なら私もよくなるかなー。
置いてきぼり的な。