出来る限りそっと、優しく撫でると、顔を微かに背けたものの、抱えた膝とクッションに隠れていた大祐がしばらくして小さく呟いた。
「……こんな子供みたいな俺……情けないよね……?」
ぎゅっと胸を締め付けられたような気持で、大祐の腕に触れると、その腕が抱えていたクッションをどけて、顔を隠していた手に頬を寄せた。
手の甲に触れた温かいものがゆっくりと離れたのを感じて、顔の半分は手で隠したまま視線だけを上げた大祐の目に怒ったような、泣きそうにも見えるリカの顔が見えた。
「ごめんなさい。機嫌直して?」
近づいてきたリカの顔に目を伏せると、目元に温かいものが触れてそこから温かなものが流れ込んでくる気がする。
「……それだけ?」
きっとものすごく情けない顔をしているんだろうなと思いながらも、優しくされたことが嬉しくて、思わずそう呟くと、困った顔のリカがもう一度手を添えて大祐の顔を自分の方へと引き寄せる。
されるがままに腕を下ろして体を斜めにして近づいたリカを支えると、頬を両手で包み込まれた。
軽く目を伏せると唇に微かに触れて、離れて、そしてまたやんわりと啄むようにして離れる。
「足りない?」
「うん……。足りない」
素直にそう口にする。
―― そうだ。リカが足りなかったんだ。ほかの誰かと楽しんでいるリカじゃなくて、俺だけのリカが足りない気がして、寂しかったんだ……
大祐の言葉にリカの目が困ったように揺れた。間近で、その綺麗なまつ毛が揺れて軽く伏せていくのを見ていると、濡れた舌が唇をなぞってくる。
優しい侵入者を受け入れると、飢えた獣のように待ち受けて、獲物である侵入者が奥深くまで入り込んでくるのを待って、強く押さえこんだ。
頭を撫でていたリカの手が肩を掴むのと同時に、今度はリカの後頭部に回した手で逃げられないように。
「んっ!んんんっ!」
「はっ……!んっ」
深く、噛みつくようなキスを繰り返して、そのままソファに崩れ落ちた。
子供みたいでごめん、と繰り返しながら、ソファで抱き合って、ベッドに移動して。
腕の中に抱えたリカを、ぎゅっと抱きしめていた大祐の髪をくしゃっとリカが撫でた。
「ごめんなさい。私……。藤枝に叱られて、お前はわかってないからもう飲み歩くなって言われて」
この状況でいくら相手が藤枝でもほかの男の名前は聞きたくないと、リカの鎖骨のあたりに顔を寄せる。
それでも、ちゃんと伝えなければという生真面目さが勝って、リカは、先を続けた。
「大祐さんに嫌な思いさせるつもりなんてなかったの。ただ……」
何と言えばいいのか迷っている気配に、仕方がないと大祐は顔を上げた。
「ただ、何?」
格好をつけていた時とは違って、今はどこか責めるような不機嫌さを滲ませた声で大祐が答えた。
きっと、どんな場所でも人懐こい大祐にはわからなかったはずの、気持ちを口にする。
「嬉しかったの……。あのね。報道記者なんてやってると、夜討ち朝駆けなんてざらで、飲みに行く友達もどんどん減っちゃうの。同じ仕事をしてる人同士じゃないとなかなか時間もあわないし、合ったとしてもお互いに張り合ってるから気の張った飲み会だったし」
「ふうん……」
あまり気のない返事をしていた大祐に、それでもリカは鼻先を擦り合わせるくらいの間近で一生懸命に言葉を探した。
「情報局はすごく仲が良くて、アシスタントやいろんなスタッフがちょくちょく飲みに行ってたんだけど、私だけはなかなか誘われなくて……。だから飲みに行くときは、ごくたまに誘われて、色々聞かれるよりも藤枝と一緒の方が気楽だったりしてね」
甘えるように額をくっつけてきた大祐に、リカはどうしようかと迷ってから軽くキスをする。
「だから、一緒に飲みに行くのはもっぱら藤枝ばっかりだったけど、結婚して、から急に誘われるようになったの。もちろん、全部仕事がらみなのよ?でも、でもね。今まではそれも、断るの前提で聞かれたりしてたから……」
「誘われて、嬉しかったって……それ?」
うん、と頷いたリカの困った顔の意味がようやく大祐にも理解できた。
大祐の方は、飲み会など断っても断っても次々計画されてくるから、鬱陶しいくらいだが、全く声がかからなかったリカには違ったらしい。
ガツガツだと思われて、歓送迎会さえ来ませんよね?と言われていたくらいだったから、と早口で話すリカにはあまりいい思い出でもない。
「別にね。別にそんなのどうだっていいのよ?仕事には関係ないし、単に付き合いなわけだし?でも、なんていうか……、そういうね、大人数でワイワイするみたいなの、苦手なんだけど……、大学の時以来だし」
なんでもない事なのだ、という急にリカが小さな女の子のように思えてくる。
きっと、本当に嬉しかったのだろう。目の前の事に一直線になるリカだから、誘われて、楽しくて、仕事にもそれが伝わって、楽しくなって。
―― 寂しいなんて……
「ごめん。俺……、リカが楽しいならいいって思ってたけど、俺の知らないリカがたくさん増えていくみたいで……」
「違うの。いいの。本当に、ちょっと嬉しくて浮かれちゃっただけなの。……大祐さんと一緒になったから、そういういいことも増えたのかなって勝手に思って、それで……。子供みたいでしょ」
呆れるでしょ。
しゅん、としたリカが本当に愛おしくて可愛くて。
素肌のリカの背に腕を回してぴったりと密着する。
「俺も……。子供みたいで引いたんじゃない?」
「そんなことない!私が考えなしだったから……」
自分を責めるリカの言葉をキスで遮る。
いい年をして、まるで中学生のような恋愛だと言われていたのは今も変わらないなぁ、と我ながらおかしくなって、大祐はくすくすと笑い出した。
「子供のリカも大人のリカも、大好きだよ」
「それっ、私が子供だって思ってるってことじゃない」
「俺も同じだってば。30近い男が馬鹿みたいだなって思うけど、やっぱりリカの事だから誰か俺の知らない人達と楽しんで遅く帰ってきたら嫉妬するし、放っておかれたみたいで寂しくなるよ。リカに行くなって言うわけじゃないし、楽しかったならよかったなって思うんだけど」
―― こんな俺は嫌いになる?
嫌いになんてなれるわけもないことを知ってるはずなのに、投げかけられた問いにリカはじっと大祐の顔を覗き込んだ。
そんなわけない、と答えることは簡単だけど、同じなのだと言った大祐の言葉が胸の中でくるくる回る。
「おんなじ……」
「ん?」
「同じだなって。私も、子供の大祐さんも大人の大祐さんも大好きで、嫌いになんてなれるわけない。それに、嫌われるなんてないって思っててもやっぱり不安になるときもあるし」
お互いに、不器用で気持ちを伝えるのが下手で。
好きすぎて、お互いに相手の事を考えているつもりでがんじがらめに苦しくなって。
くす。
つられてリカも笑い出す。
片足を上げて大祐の足に絡ませた。
「今日、会えてよかった。拗ねた大祐さんに会えて、よかった」
「拗ねた、は余計でしょ」
苦笑いを浮かべた大祐に、くすくすとリカが笑う。
―― だって、可愛かったんだもの
男の人がこんな風に可愛いなんて知らなかったし、反則なんじゃないかって思うくらいだ。
それでも大好きだから。
繋がっているのは、晴れた空だけじゃなくて、曇りの日も時には少し拗ねた日も。
―― End
狐さん今晩は。本日は2話読むことができてめちゃくちゃうれしいです。拗ねた分だけ甘えて、甘やかされて…こうやってお互いの知らなかった面を少しづつ知っていって…幸せも増えていって…素敵なお話、ありがとうございました。
mikuko様
こんばんは。ありがとうございます。
たまには拗ねた空井さん、いかがでしたでしょうか。大人って難しいですよね。難しいから相手に素直になれないのと一緒で、自分の気持ちにも素直になれないことが多いですからね。
リカちゃんじゃないけど、拗ねていじけてる空井さんが可愛いと思ってしまいました(^^ゞ
…空井さん本人は、それどころではないでしょうけど。
リカちゃんが丸くなって可愛いらしくなったのは、他でもない空井さん(&広報室メンバー)に出逢えてたからなのに…。自信持っていいのに、拗ねちゃって。
お互い大好きなのに、不器用な2人がやっぱりとっても愛しいです。こういう日常の何気ないヒトコマみたいなお話大好きです。
素敵なお話をありがとうございました。
また可愛い2人のお話、楽しみにしてます(^^)
くう様
こんばんは~。離れてると男性の方が弱気かもしれないですねえ。惚れた弱み、みたいな。
環境も違いますからね。お互い知ってるようで知らないことがまだまだありそうです。
拗ねっコ空井さんかわいいです!
ムトウ様
こんばんは。あら。キャナメじゃありませんが大丈夫ですか(笑)
このお話の次はマジなキャナメの予定です。いかがですか。