オマケの翌週
休まないのかと言われてもメインキャスターが休みの優先権を持っている。
藤枝には時期外れしか回ってこないのが今の立場だった。
「これ」
隔週になった番組の打ち合わせで顔を合わせたリカがずんだ饅頭を差し出して来た。いつものことなのにわざわざ土産とはと顔を上げる。リカが、菓子の箱を手に差し出していた。
「何?」
「帰省したから」
その言葉に藤枝は思わず笑ってしまった。
あえて視線を逸らすのは気まずいからだろう。
「馬鹿?お前。帰省って普通、田舎とか実家の家とかだろ」
「いいじゃない。だ、ダンナさんの家でもっ」
1年経つのに顔を赤くしてどもりながらダンナというリカを呆れた顔で眺めた。
「へーえ?空井君、さぞやがっついたのか、堪能したのか。ま、いいけど?手抜きな土産でも」
手の上で転がした饅頭は、駅の売店で買ったのだろう。ともすれば東京駅でも手に入れられそうな菓子でもある。
土産を買うということをしてみたかったなら、もう少し選ぶだろうがリカが机に広げたのはスナック菓子や饅頭など明らかに数を稼ぐためだけに選んだものばかりだ。
「堪能って何よっ!」
噛み付いて来たリカに藤枝はわざと大きくため息をついた。バレバレだという指摘に
「土産選ぶ暇もないほど家に籠ってたんじゃないのかって話」
「……っ!馬鹿っ!」
思い切り頭を小突かれて心底、深い溜息が漏れる。やれやれ、と1口で饅頭を口に入れた。
「うま……」
甘い饅頭と裏腹にダンナの顔を苦々しく思い浮かべた。
「……って藤枝にからかわれたの」
電話越しに憤慨したリカのことを、なぜか大祐は小さく笑った。
「なんで笑うの?」
不満そうに問いかけたリカの耳に含み笑いが聞こえた。
「だって想像通りではあるでしょ?」
ぐっと言葉に詰まったリカの頬に血が上る。
先週の出来事はまだ生々しかった。大祐の部屋に着いてから二人の時間は大祐が抱きしめて、明るくなるまで、離さずに。
気を失うように2人で眠ってしまった後、今度はリカがピタリと張り付いて離れなかった。
いいの?と目の奥まで覗き込んできた大祐の腕をリカが引き寄せる。そして、夕方になって、流石に何か食べようと言い出した大祐は、食べるならリカがいいと思っていた。
結局、リカが先に眠ってしまったが、翌日も寄り添って離れなかった。
「……忘れちゃった?」
本当に?と繰り返す声が妖しく聞こえてしまう。何と言っていいかわからなくなって、あ、の、とリカは口籠る。
「わ、わすれ……」
「リカは不満だった?俺はあれでも全然足りなかったけど」
重ねて畳み掛けられたリカは答えられなくて唇を噛んだ。思い出すと顔から火が出そうなくらい色々あったので、それを思い出すような言葉はたまらなくなる。
「不満じゃないけど……」
小さく呟いたリカに、重ねて大祐は問いかけた。その声は、一緒にいた時に近い。
「じゃあ、満足させてあげられた?いっぱい気持ち良くしてあげられた?」
「大祐さんっ!そんなこと聞かないで!どうして急に……」
慌てたリカの耳に甘やかな声が響く。
「だって、あんなに沢山したのに今、側にいないんだよ。ほんの昨日とか一昨日は今頃、リカを感じていられたのに……。すごく切ないよ」
飢えた声にきゅん、と体に残る記憶が声を上げた。
「そんなこと言われたら……」
寂しさを我慢しているのは同じなのに。
声にできない想いをあえて確かめるように重ねて問いかけられる。
「……欲しくなる?」
「そんなこと言わない!」
「……どうして?聞かせてよ。欲しくなるって言って?」
酒でも煙草でもなく、習慣性の強い甘いものが欲しい。
「会いたいよ。会って、めちゃくちゃ抱きしめて、ずっと抱き合ってたいよ。同じだって言ってよ」
いつもなら我儘を言うリカを宥める方なのに、今は大祐の方が我儘を、言いたかった。
こんなに切ないなら、せめて電話越しでいいから甘い声を聞きたい。きっと聞いたら自分を、抑えられなくなるのはわかっていたけど。
リカを送って1人になった夜がたまらなかった。
そこかしこにリカの名残があって、その度にいないのだと思い知らされて。
大祐は、結婚してからの方が情欲が深くなった気がした。かすかに聞こえる呼吸にさえ反応しそうになる。
わかっているのかいないのか。
「……言わない。言うなら会えた時に……」
それを聞いて、こくっと大祐の喉が鳴った。
なんで。
煽るの。
俺を。
ぐっと無意識に手を握りしめた大祐はわかったよ、と白旗をあげてみせた。
電話越しに、300キロを超える距離は肌には簡単に触れられない。
「そのかわり、次は寝かせないし離さないよ」
今から宣言しとくね、という大祐に困ったリカの焦る様子を聞きながらカレンダーを思い浮かべた。
休みなんて、いくらでも都合できる。
次に翻弄されるのは大祐の方だというのはまた別の話……。
――end