眠り姫の憂鬱 4

店について、全員が揃って飲み始めると、男ばかりの宴会は、スタートから異様にピッチが早かった。
大祐も煽られて、注がれて、だんだん自分が何を飲んでいるのかもわからないくらい、目の前にはグラスが並び始める。

「そういや、空井」
「何?」
「お前知ってる?3月で大澤由香、やめるらしいぞ」

グラスを口元に持って行っていた大祐の手が、おや、と止まる。大澤という隊員は業務課の女子で、基地の中では密かにアイドルに近い存在だった。
まだ若い隊員で、その分、どんな時も笑顔でカバーしてくれるからますます、隊員たちの人気も上がるというもので、仕事も基地の全体にかかわるためにほぼ知らない者はいないという状態だった。

「そうなの?」
「ああ。まだあんまり知られてないと思うけど。ほら、人気者だから上もあんまり広めるなって」

そりゃそうだろうなあ、と水割りの焼酎を流し込みながら大祐は考えた。広報である大祐も仕事柄関わることの多い隊員だが、いつも気を配ってくれて、仕事がしやすい相手でもある。
好き嫌いはさておいて、可愛い子でもあり、さぞや基地の中では嘆く男が増えることだろうと思う。

「お前、なんも聞いてないの?」
「は?なんで俺?」
「あー……。いや、何でもない。今の話は頭っから聞かなかったことにしといてくれ」

同い年の前島のほうから大祐の隣に陣取って、ワイワイと騒がしい中での話だけに、大祐にとっては疑問だけが残る話だったが、忘れてくれ、といって、席を立った前島は、グラスを持って離れた席に移動していった。
すぐに押し出される形で移動してきた青山が隣に座る。

「空井一尉、大丈夫ですか?飲みすぎてませんか?」
「大丈夫だよ。なんだかんだ言って、ちゃんぽんでも飲む量はセーブしてるから」

運転手の青山はノンアルコールである。初めはノンアルコールビールを飲んでいたが、それもむなしくなって今は片っ端から居酒屋のノンアルコールカクテルを飲んでいた。

「自分、今日は嬉しいんです。空井一尉って、なっかなかこういう飲み会、参加してくれないじゃないですか。だから、空井一尉と飲めて嬉しいんです」
「そっか。俺、あんまり参加しないからな。悪いな」
「いえ。前はなんでかなって思ってましたけど、今は全然かまわないっす。だって、空井一尉はあんなきれいな奥さんいるじゃないですか。そりゃ、早く帰って奥さんと話したいっすよね」

ぶっ、と飲んでいた水割りを吹き出しそうになった大祐は慌ててその辺にあったおしぼりで口元と、テーブルを拭いた。青山は通信隊の隊員で、仕事での接点はあまり多くないが、こうした独身男子の飲み会にはよく顔を出しているだけに、年長の隊員達から可愛がられる。
そんな青山の言葉に酔いも冷めそうになる。

―― 俺、そんなにあたり構わずリカのこと話してるかなぁ……

男だけの職場でからかわれれば逆襲とばかりに盛大に惚気ることもあるが、そういう職場だからこそ、妙なネタにされないように、話す内容も一応気を使っている。

それなのに、青山のようにあまり話す機会が少ない隊員にまで言われるとさすがに困惑してしまった。

「あの、さ。俺、そんなに有名?」
「はい?何がですか?」
「その、うちの奥さんのこと……」
「そりゃ有名っすよ!なにいってるんすか。ほかの基地の人間だって知ってるくらいですからね」

うわぁ、と頭を抱えそうになる。確かに、広報は空幕にいた頃よりは少ないが、ほかの基地との交渉事も抱えるし、当然顔が広くなる。まして、3年ごとにあちこちに散っていく隊員たちがそれぞれ手土産に話をして歩けば、知らないものはいないくらいの有名人になるのも仕方がなかった。
そんな状況に自覚がないのかと、青山の方が驚いて、目を丸くしてしまう。

「空井一尉、自覚、全然ないんですか?」
「ないよ!そりゃ、弄られたら逆襲ってちょっと言うくらいはあるけど」
「ちょっとなんだ……」

呆れた顔で呟いた青山に、聞き取れなかった大祐が何?と頭を寄せる。
いや、なんでもないです、と手を振った青山は、天然ってこういうことかと、奇怪なものでも見るような気分になった。
あれだけ散々、可愛いと惚気て歩いていて、自覚がないとは驚きである。

「なんでもないです。それより、空井一尉はどうやってあんなきれいな方と知り合って付き合うことになったんですか?自分、ご結婚されたのは電撃だったって知ってますけど、なれ初めとか知らないんです」
「そりゃ、そんなのしゃべって回ることじゃないしさ」

再会して即、プロポーズになったことは基地でも有名な話だが、どうやって知り合って、どんな時間を過ごしてきたのかと言うことはあまり話しては来なかった。
知っているのは空幕広報室の旧メンバーくらいなものだろう。

「聞いてもいいっすか?」
「大した話じゃないよ。空幕にいたから、その関係で知り合って、初めはものすごく苦手だった」
「えぇ?今の奥さんがですか?」

今の空井の愛妻家ぶりを見ればそんなことはまるでどこの世界の話かと思うが、初めの出会いは事実、そうなのだから仕方がない。
苦笑いを浮かべて頷いた大祐は、近くにあった誰のかもわからなくなりつつある箸を掴んで、目の前のつまみに手を伸ばした。

「そ。その頃は、広報の仕事についたばっかりで俺もよくわからないまま仕事してるところだったから、ズバズバ突っ込んでくるのがめちゃくちゃ苦手でさ。担当を外してくれって願い出たこともあるくらいだよ」
「うわ、マジすか。それ、今からは考えられないっすね」
「まあね。でも、あの人は、自分の職場の人相手でも変わらないんだよ。まっすぐで、真面目で、仕事には手を抜かなくて。それがわかってからかなぁ。すごいなって、単純に思ってから、気が付いたらって感じ」

へへ、と照れくさそうに笑った大祐を気づけば青山だけでなく、半分くらいのメンツが話を聞き入っていた。
なれそめを知っている者が少ないだけに、注目度が高いのだ。

「でも、だからって簡単に付き合ってもらえたわけじゃないんですよね?」
「うーん……。これいうと、呆れられそうだけど、正確にいうと、再会するまでの間、付き合ってたわけじゃないんだよ」
「は?!」
「だから、もしかして相手も好きでいてくれるかなってそういうときに震災があって、それっきりになったから、ちゃんと付き合ったのって、再会してからなんだよね。……って、やっぱり変だよな」

固まってしまった青山や、周りの面々に頭を照れくさそうにかいた大祐は、ぐいっとグラスの水割りをあけた。

2年も会っていなかった相手にプロポーズして、その場でOKをもらえるだけでも異常なのに、それ以前は付き合ってさえいなかったと聞くと、もはや、話を聞いている面々はどこをどうすればそんなことになるのかといいたくなる。

尊敬したいものの、そんなことができるのは空井だけだと言いたくもなるわけで、お前、何とか言え!と視線を浴びた青山がなんとか口を開いた。

「す、……ごいっすね。なんか波乱万丈っていうか、その……。あれっ?!」

見習いたい、と言いかけた青山が、はたと気づいて飛び上がる様に驚いた。
そのリアクションに、大祐の方も驚いて後ろに下がりかけると、大祐を中心に妙な輪ができてしまう。

「再会したのって、去年の3月でしたよね?!」
「あ、ああ」
「えぇぇっ?!結婚して1年にならないどころか、再会して1年になってないじゃないですか!えぇ?!付き合い始めたっていうなら……。空井一尉、結婚したのって5月か6月ですよね!?プロポーズしてからつきあったんすか……!?」
「ああ。そういえばそうか。付き合ってもうすぐ1年だ。あはは、1年早かったなぁ」

あははじゃねぇ!とその場にいた全員が突っ込みそうになる。その話を聞けば、あのすさまじい惚気っぷりもわからなくはないと思ってしまうし、それ以上に、とにかく空井という男には常識が通用しないのだと思った。

「俺!空井一尉のこと、尊敬してます!!ずっとついて行きますっ」

唐突に叫んだ青山に、焼酎をだばだばと注がれた大祐は、皆の反応に、怪訝な顔をしながらも皆で飲む久々の酒にどんどん飲んでしまい、店を引き上げるときにはすっかり酔っぱらってしまった。

投稿者 kogetsu

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