地上は旧世代から続くキュリオの街並みらしく、打ちっぱなしのコンクリでできた建物や、木造の家。塗装された建物も、年代を感じさせるものだった。
そのなかに、ノクスの入り口だけは、つや消し塗装のきっちりとしたもので妙に立派な造りである。
どこにでもありがちなことではあるが、そのギャップには、鉄彦も森繁も顔を見合わせて苦笑いしてしまう。
扉を開けて、LEDの灯りが眩しい地下への道へと踏み込んだ二人は、途中にあるブルーのLEDで囲まれたラインを越えたところでにこやかなノクスに出迎えられた。
「こんなところに外部の方をお迎えするのは久しぶりのことです。ようこそ。小戸自然村へ」
「どうもー。こんばんは。えーと……、あなたは?」
「私は、この小戸自然村の受付を担当しております。坂内ともうします」
にこやかに右手を差し出した男は、鉄彦と共に入ってきた森繁にしか顔を向けようとしない。その様子に随分極端な差別感を感じ取りはしたが、わざわざ自分から地雷を踏むことはないと、手を擦り合わせた森繁は、妙な間をあけてから握手に応じた。
「どうも。森繁と言います。こっちは……」
「お供の方ですね。どうも。それで?こちらへはどういったご用で?」
森繁の言葉を遮った坂内が鉄彦へと慇懃な態度を示した後、にこやかに森繁に向き直った坂内にぱん、と手を打った森繁が穏やかに堪えた。
「彼は私の友人です。お供なんかじゃない。こちらへは、旅の途中で立ち寄りました。一泊して、買い物ができたらいいかなと思ってます。こちらは、何か申請が?」
長野で森繁がしていたのと同じ仕事だなと直感した森繁は、坂内が受付ではなく、門番、または監視という役割なのだと受け取った。
揉み手をしそうな雰囲気で、坂内は大げさに驚いて見せた後、さらに大げさに申し訳なさそうな様子を見せた。
「申し訳ありませんが、この村ではノクスとキュリオははっきりと“区別”されておりますでございます。ノクスのお供ではない場合、ここから先にそちらの方が入ることはどうも……」
「なんっだよ!お供、お供って、俺はお供じゃねぇ!ふざけんな!」
「鉄彦!鉄彦。いいから、わかったから」
お供、と最初に言われた瞬間からこめかみをひくひくさせていた鉄彦の気の短さは相変わらずで、瞬間的に沸点に達した鉄彦が飛び掛かりそうになったのを森繁が押さえ込んだ。素手で、平然と押さえこむ森繁にも腕を掴まれて抱き留められる格好になった鉄彦にも坂内は驚いたようだ。
それはそうだろう。
長野でもそうだったが、未だにノクスからいつ感染するかわからないという恐れがキュリオにはあって、ノクスには近寄りたがらない、触れてしまったら大騒ぎというのがどこに行っても同じなだけに、この二人の様子に驚いたのだ。
黙ったまま、揉み手の姿勢で一歩下がった坂内に、森繁は改めて向き直った。
「わかりました。少し買い込みたいんですが、車で入ることも?」
「……同じでして」
今度の笑みは大分引きつっていたが、森繁にはあくまで丁寧に返そうとする坂内の答えに頷いた森繁は、鉄彦を引っ張って少しその場から離れた。不満そうに引きずられた鉄彦が噛みついてくるが、小声なのは多少気が回る様になったからだろう。
「……なんっだよ!俺、どうすりゃいいんだよ!」
「わーかったから。さっさと買い物だけ済ませてここを出よう。山を下って次の町まではかなりあるからしばらくここで休みたかったけど、仕方がない。俺達は野宿でも何とかなるし、早く出発できるようにするから、お前ちょっと待っててよ」
「わかったよ。車まで行かないからな。その辺にいるからな」
「ん、わかった」
長野を出た後、長野と同じような村もあれば、キュリオ側に大きく傾いた村やノクスしかいないような村もあった。夏が過ぎて、秋を超えて、そろそろ本格的な冬の声をききそうな今、さすがに鉄彦も飛び出した直後とは何かが違っていた。
坂内をぎろっと睨みつけはしたものの、森繁の肩を叩いた鉄彦は素直に表へと出ていく。
鉄彦を見送った後、森繁は憮然として坂内の方へと歩き出した。
「じゃあ、僕は入れていただけるんですね?」
「ええ、もちろん。ノクスは大歓迎です。よそのお話も是否聞かせていただければ。じきに村長もご挨拶に参りますよ」
「ああ、いえ。そんな。僕らは通りすがりの旅行者ですから」
ピシリと背筋の伸びた歩き方と、無意識に後ろで手を組む姿勢に、森繁のかつての仕事がほの見える。お互いノクス同士。すぐにそれなりの立場にいたことは嗅ぎ分けられたのだろう。
通路を抜けて歩いて行くと、地下につくられたノクスの町が広がった。
広い空間に、まるで地上かと思うような建物が建つ。ノクスの町の中において、地上二階、地下二階まで建物は立てることができる。そのほとんどが二階建てらしく、ざっと見渡すと先ほどの地図が頭に入っている森繁には、街の様子が見て取れた。
小さいこじんまりした村だが、医者に学校、デパートに役所。必要な物は当然ながらすべてそろっている。そのほか、マッチングバーやカフェ、レストラン。
この規模の村にしては充実しすぎているくらいだ。
「ご案内、致しましょうか」
「あ、ああ。ありがとう。すごくその……よくできた村ですね」
「ありがとうございます。この村は近隣の都市から研修に訪れる村でして、設備が整っているのもそういう訳でございます」
「へぇ~……」
興味、というには先ほどのやり取りの悪い印象からだいぶ薄くはなっていたが、いろんな街や村を見て歩こう、という出だしからはぶれていない。
この村が、ノクスに大きく傾いた村であることがわかれば、後の鉄彦の反応は見なくてもわかる気がした。
「その……、食糧とか、雑貨とか、色々と買い物をしたいんですが」
「ええ、もちろん!もちろんですが……、その、失礼ながら」
「持ち合わせはあります。ご心配なさらなくても、きちんとお支払しますので」
「そうでしょうとも!」
にこにこにこにこ。
『あ』の形に口を開いた森繁は何かを言いかけたが、そのまま口を閉じた。
まるでプログラムされているような反応にこれ以上、何を言っても無駄だと思う。ノクスの、特に特権階級ばかりを相手にしているとこういう対応が身に沁みついてしまうこともよくわかっていた。
「じゃあ……」
「ええ、ご案内しますが……」
案内をすると言いながら全く動こうとしない。ん?と森繁が促しても頷きながら揉み手をするばかりだ。
まるでゼスチャーコントをしているような坂内と森繁だったが、仕方がないと思ったのか森繁は肩をすくめた。
「ええと?」
「はい」
「ですから」
「はい」
にこにこと満面の笑みを湛えて手を何度も擦り合わせている。
その様子を見ていると、どうやら坂内は案内をしたくないのか、それともここに森繁を足止めしたいように見えた。埒があかないと思った森繁は、ぱん、と両手を合わせると、じゃあ、と呟いて歩き出そうとした。
「あああ……!どうも」
森繁の目の前に慌てて回り込んできた坂内に同じく口の端だけをぐーっと上げた森繁が答える。
「……なにか?」
「いえ、その……」
ねぇ?と言わんばかりの坂内に頷きながらもきっぱりと森繁は首を振った。
「じゃあ、私を邪魔することはないはずだ。そうでしょう?」
「ええもちろん!もちろんですが……」
歩き出しかけた森繁の目の前に再び回り込んだ坂内が今度こそ困った顔で両手を上げた。
「もうしわけありません。その……」
「部外者の僕らには……、買い物などさせられないとでも?」
「いいえ!そんなことはありません。それではご案内いたしましょう」
なぜなのか、理由はわからなかったが、急に掌を返したように坂内は森繁の前に立って歩き出した。こちらへと案内する坂内について、ようやくかと思いながら森繁は歩き出す。
「ここはどのくらいの人数が住んでるんですか?」
「ここですか?ここはそれほど多くはありません。146名のノクスが住んでおります。もちろん女性もおりますよ。小さな村ではありますが、都市の機能は備えております。ここは大きなキャンプ場と、研修のための施設を備えていて、ここにいらっしゃるほかの街のノクス達を受け入れるための管理者として住んでいる者たちとその者たちのための施設があって、それらすべてで146名になります」
「へーえ。……それでいうと、随分機能的に見えますけど、実はそうでもない?」
多いように聞こえるが、交代制で、しかも一つの施設にはいくら多くても十人も入れは十分なくらいだ。特にノクスの施設は彼らの能力が秀でているだけにそれほど無駄が多いようには思えない。
そこにはわけがあるのだろうと探りを入れた森繁に、坂内が見せた顔が一瞬、鋭い視線を向けた。
「さて……。お買物をされましたらお帰りになるのですかな?」
「あ、はい」
そうですか、そうですか、と頷きながら歩く坂内の様子がなんとも居心地が悪くて森繁はこの村に立ち寄ったことから後悔しそうになってきていた。