「それで?リカは寝てたの?」
「……あー、うん。なんか、子供たちがいないから、帰ってきてシャワーしてちょっと休もうと思ったら寝ちゃったみたい」「しょうがないなぁ。疲れてるんだね」
Tシャツと短パン姿の大祐は、フェイスタオルで頭を拭きながらキッチンに立っていたリカの顔を見て、くすっと笑った。
「本当に眠そうだね。でも何か軽く食べたほうがいいよ。俺が作ろうか?」
「んー。大祐さんは?」
「リカが食べるなら俺はいくらでも」
だるそうに首を振ったリカの頭をぽんぽん、と片手で撫でた大祐は冷蔵庫を開けた。
お弁当や子供のおかずにちょうどいいものばかり揃っているなと思いながら、残りご飯を見て、大祐は卵とネギだけの簡単なチャーハンを作った。
「はや……」
「まあね。普段からやってるもん。なんか一人だと白飯だけって時々寂しくなるからさ」
それほど大きくはない丸皿によそった後、大祐は缶ビールをとりだした。カウンターに皿をおいて、リカに促す。
「さ、食べて。それからたまにはゆっくり寝よう」
「たまにはって……。別にゆっくり寝てないわけじゃないのよ?」
「わかってるよ」
缶ビールを飲みながら大祐は冷蔵庫にあったハムをつまみ代わりにしてリカの隣に立つ。
カウンターの椅子にリカを座らせて、行儀悪く指でつまみながら、部屋の中を見回した。
月に一度は帰ってきているが、来るたびに少し物がふえていたり、片づけるために物入ができていたり、大祐のいなかった間の日常がある。
「それで、どう?最近は」
「うーん、二人とも暑いからねえ」
するっとそんな言葉が出てきたリカに苦笑いして、水滴のついた缶をリカの額に近づけた。
「そうじゃなくて。子供たちの話はいつも電話で教えてもらってるよ。そうじゃなくてリカの話を聞かせてよ、こんな時ぐらい」
「え……。あー、うん。なんだろう」
「ははっ、リカ。最近そればっかりだね」
ぼんやりとスプーンを口に運んでいるが、ほとんど睡魔に持っていかれている。
「すごい眠い……。もったいないな。子供たちがいないから休みの間どうしようかって話そうと思ってたのに……」
「いいよ。食べられるだけ食べちゃって、寝ちゃおう。起きてからでいいよ」
「……うん」
うつら、うつらしながらなんとか半分くらいまで減らしたリカが手を置いたのをみて、黙って大祐は皿を片付けてリカの目の前に常温の水を置く。
「さ、これ飲んで寝よう」
「……うん」
水を飲んで、伸ばされた手に縋るようにして、気が付けばリカはベッドの住人になっていた。
* * *
「……は」
リカをベッドに寝かせてソファで横になった大祐は慣れない朝の音で目を覚ました。
いつも自分の住んでいる部屋のほうがやはり朝の音には慣れている。自分の家なのに、時々都会の音に驚きながら起き上がった。
ベッドはぴくりとも動かないのをみて、そうっと起こさないように起きだした大祐は、手早く着替えると、寝起きの習慣に外を走りに出た。
早朝でも都心はもう動き出していて、走らなくてもふつふつと汗が噴き出してくる。首に巻いたタオルで汗をぬぐった大祐は近くをハイペースで一回り走った。
―― 懐かしいな。空幕にいた時はこんなに暑くなかった気がするけど……
息を吸い込むと喉の奥が焼けるようだ。
こんな暑さでは、仕事に行くのは大変だろうなとか、子供たちが夏バテしたのもうなずけるなとか、あれこれ考えながらマンションまで戻ってきて、家に入る。
そのまま風呂場に直行して、汗を流した後、キッチンに立った。
「リカはすごいなぁ。仕事して子供たちの面倒みて、家のことやって……」
前より時間が限られたはずなのに、仕事は今までよりもっと頑張っているらしい。
ふと、そういえば実家の親と話したときにそんな話をしたかもしれない。
「そっか……。だからか」
急に子供たちを預かるなんて言い出したことに、リカが驚かないかとか、色々心配もしていたのだがそういう理由かな、とようやく思い当たった。
「じゃあ、余計にリカには……」
ゆっくり楽しんでほしい。
そう思いながら、久しぶりの朝飯の支度に気合を入れた。