張りつめた空気と、意志の強そうな目は大祐から聞いていた、可愛らしい気の付く女性というイメージとはだいぶかけ離れている。珠輝がインタビュー用のボードを手にする。
ちらりと後ろを振り返ってリカが坂手に合図すると、珠輝は口を開いた。
「初めに、大澤さんがお辞めになるきっかけはなんだったんですか?」
「簡単で、よくある話です。親が年老いてきて、私は一人娘なので家を絶やすなと言われて。田舎にはよくあるんです。大した家でもないんですけど」
頷いて、間をあけてから次の質問をぶつける。やっていた仕事、入隊のきっかけ、松島基地に配属になってどのくらいたつのか、実家はどのあたりなのか。
するすると、少しも緊張した様子もなく応える由香に、どちらかと言うと珠輝の方が押され始める。
「そうですね。都会に暮らして、テレビ局に勤めているような人たちにはわからないと思います。田舎に縛り付けられるようにして、価値観もすべて、そこにないものを求めるようなのはおかしいと言われるような場所から抜け出したのに、また戻らなくちゃいけない。放送されていた、制服シリーズもみました。あんなきれいにまとめられるようなことは全然ないです」
「きれいにまとめたわけじゃありません。ただ、ほかの皆さんもそうでしたが、制服を着る職業と言うのはほかの職業以上に、責任感や重圧もあって、大変な訓練をこなしながらお仕事をされているので、それで……」
「だからなんだって言うんですか」
質問が後半に差し掛かって、やはり突っ込んだ内容が質問に増えてくると、徐々に由香が早口になっていく。それにつられないように、ゆっくりを珠輝が質問を仕掛けても、引き戻すようにそこに被せて来てしまう。
落ちついてはいるが、少しずつ珠輝はペースが乱れてきた自覚があって、時々、リカに助けを求めるように視線が彷徨いかけて由香に戻る。
「きれいごとですよ。所詮。大変ですね、頑張ってくださいって言われても。そんなことで何がわかるんですか?」
「……」
言葉に詰まった、と言うよりは、怒りがこみあげてきて珠輝は黙り込んでしまう。
由香は、取材の申し込みがあったこともあって、これまでの放送を見てきらしい。同じ制服を脱ぐ立場の人たちの話に対してもその態度は、小馬鹿にしていて、インタビューしに来たリカと珠輝を馬鹿にすることでその憂さを晴らすつもりなのだろうか。
黙り込んでしまった珠輝をみて、さらに由香が追い打ちをかける。
「ほら。結局、進行通りに進まないと黙るんですよね。インタビューしに来たんじゃ……」
「質問を変えます」
穏やかな声で、リカは由香を遮る形で割りこんだ。もともと、声は入っていても、インタビュアーである、珠輝やリカはカメラには写りこんでいない。
「ご実家に戻られるそうですが、それは親御さんからお願いされたのでしょうか?」
「お願いって……。平たく言っていいですよ。強制されたのかって。普通、親が仕事を辞めて帰って来いって言ったらそうなるんじゃないですか?」
リカは落ち着いて頷く。唇をかみしめて視線を落とした珠輝からインタビュー用のボードを引きとった。
その様子をみて、皮肉気に笑った由香に、リカの質問が向けられる。
「では、明確に仕事を辞めて、家を継いでほしい、という言葉があった、と言うことですね?」
「都会のディレクターさんにはわからないでしょうけど、田舎はそんな風には言わないんですよ。真綿で首を絞めるみたいに、親が心配してるのに、仕事を辞めてはくれない、家を継いでほしいのに、継いでくれない、そういう風に言うんです」
なるほど、とインタビューボードに何かを書きとったリカは、続けて質問を重ねる。
「今はお仕事に対して、未練のような、何かやり残したことはありませんか」
「仕事なんて、ここにいるための手段でしたし、言われたことをやってきただけなので、やり残したことなんてありません」
「ご自身で、努力されて語学も学ばれたと伺いましたが」
「そんなものは……。これからはそんなもの一言もいらないような場所で暮らすんです。無駄な努力でした」
話を聞きながらリカは何かをさらさらと、手元のボートの上で書き留めているようだった。時折、視線はむけるものの、書いている方へと意識の比重が向いている。
「次に。ご実家に戻られた後はどうされるんですか?」
「見合いして、どうでもいいような相手と結婚して田舎の主婦です」
「ご自身でなにか、ということは難しいんでしょうか?」
「好きな相手には振られましたから。おかげで最後の最後に謹慎を食らいましたけど、後悔はしてません」
来るだろう、と思っていたのはお互い様だ。そこに話を持って行ったわけではないが、由香の方から話をぶつけてきた。
どうだ、と言わんばかりの由香の視線をまっすぐに受け止めたリカは、一拍置いてから手元のボードに視線を落として、再び何かを書き留めた。
「謹慎されていたんですね。それはいつのことですか?」
「昨日までです。ですから、この取材のお話が来た時は驚きました。私なんかに取材なんて、絶対おかしいと思いましたけど、取材しに来る人が誰だかわかって、なるほどなって。裏で何かそういう駆け引きがあるんですよね?」
―― 私を笑いものにでもするつもりなんでしょう?
皮肉に笑った由香を見て、リカの隣で堪えていた珠輝の堪忍袋が切れた。思い切り、応接のテーブルを両手で叩きつけるようにして立ち上がった珠輝は、客用にと出されていた茶が零れるのも構わずに身を乗り出す。
「失礼じゃないですか!!取材だって仕事です!あなたの事情なんてどうだっていい!謹慎なんか知らないし、そんなの取材を申し出たそっちの誰か偉い人に言うべきじゃないですか!稲葉さんは」
「佐藤っ!」
マイクを放り出した大津と隣で腕を伸ばしたリカが珠輝を引き戻す。場所が場所だけに、佐藤、とリカが呼んだのは予想よりも珠輝には効いたらしい。びくっと固まった珠輝を大津がソファの前から応接の隅へと引っ張っていく。
珠輝を後ろに下がらせたリカが、振り返って由香に向かってハンカチを出した。机の上にこぼれた茶をハンカチで拭うリカに大祐が止めに入る。こちらで片付けるので、という大祐に首を振って頭を下げた。
座っていた場所から飛びのいた由香は、量としては大したことではなかったが、濡れてしまった制服を掌で拭う。それをみて、リカは座っていた場所から立ち上がってテーブルの脇に立つと頭を下げた。
「申し訳ありません。火傷しませんでしたか」
「平気です。それに、……このくらい私がしたことを考えたら、当たり前かもしれないし」
リカが差し出したティッシュには目もくれずに、由香は、ポケットから出したハンカチで濡れた場所を押さえた。その目は、零れた茶を片付けている大祐をじっと見ている。
「さっき好きな人がいるって言ったじゃないですか。付きまとった挙句に謹慎になったので、その人の奥さんにならこのくらいされてもおかしくないと思います」
目の前に大祐がいて、そしてリカがいて。
大祐には、リカをどうかしてほしいなんて思っていないと言った。家庭を壊してほしいとは思ってないと、本当に思っていたのだ。だが、今、こうして取材を受けるという思ってもいなかった形でリカを目の前にして、由香は視線で人を刺せるなら差したいと思うほど憎しみを覚えた。
綺麗で、華奢で恵まれた都会の、テレビ局なんて華やかなところに勤めていて、身に着けているものもセンスが良くて。
自分との大きな差を否応なく、しかも一方的に突き付けられた由香には、強い視線でリカを刺せないなら、追い詰めて、恥をかかせることができるなら。
憎しみの籠った由香の視線をまるで無視したようにリカは空井の方へ向き直った。
「大変申し訳ありませんでした。一旦、ここでご本人への取材はお休みさせていただいて、基地の中でほかの皆さんにもインタビューをさせていただいていいでしょうか」
「はい。少しお休みされてから開始しましょうか?」
珠輝を気遣っての配慮に、リカは申し訳ありません、と頭を下げた。
「じゃあ、一度、小会議室の方へ行きましょう。一応、皆さんのお荷物がありますので、今は施錠してるんです。大澤は、そのまま待機」
「……はい」
立ち上がっていた帝都テレビ側の面々はそのまま移動にかかった。
元は置いておくつもりだったが、先ほどのやり取りを見て、坂手が三脚ごと担ぎ上げる。大津が片手にマイク、片方で珠輝の肩を抱いて先に部屋を出ていく。取材を除いていた隊員たちは気まずそうに視線を逸らして、坂手達が部屋を出ていくのを見送る。最後になったリカは、由香を振り返るとゆっくり頭を下げて部屋を出た。