半月後、久しぶりに大祐は食堂で青山と一緒になった。
「空井一尉。ここよろしいですか?」
「おう。久しぶりだな。ここんとこ、俺もバタバタしてたから」
「いえ、会えてよかったです」
妙な言い回しに、大祐の異動をわかっていて声をかけたのかと、顔を上げた大祐は青山の隣に黙って前島が座るのを見た。
「おう」
久しぶりに顔を合わせた気がして、大祐が気の抜けた声をかけると、こちらは気まずくて逃げ回っていただけに、妙な顔で顎を何度も引いた変な挨拶が返ってくる。
「空井一尉。異動、おめでとうございます」
「ありがとう。世話になったな」
「いえ。空井一尉。自分の方こそお世話になりました。あの、自分が前に、空井一尉のことを尊敬してますって言ったの、覚えてますか?」
それを聞いた最後は、もう1か月以上も前の、しかも酒の席の話である。薄らとその記憶は残っていたから、曖昧に大祐は頷いた。
満足したのか、晴れ晴れとした顔を向けた青山が姿勢を正す。
「自分、今度三沢に異動します」
「あ……。そうなのか」
青山も、そんな時期だったかと思いかけたが、よく考えれば、自分より後に松島に異動してきたはずだということを思いだす。
「いや、……お前はまだ……」
「はい。まだ1年は松島のはずでしたが、自分、前島さんに協力してもらってこの前、大澤さんの実家まで行ってきました」
隣に座っていた前島がようやく口を開いた。
青山と大澤は、ほんのわずかの間、付き合った時期があった。結局、すぐに別れてはいたが、それを知っていた前島をひっぱり出して、青山は三沢基地の近くにあるという由香の実家まで行ったという。
「俺、考えなしでほいほい、受けちまうのは性分だからさ。今更、かわんないけど、空井にも青山にも、罪滅ぼしじゃねぇけど、なんかしたかったんだよ」
まさに、考えるよりも目先のこと、筋肉馬鹿と言いそうになるくらい愛すべき素直な人柄の前島は、すまなかったと頭を下げた。
「それで、ご両親の前で、大澤さんとお付き合いさせてくださっていってきました」
突然、現れた青山に由香も驚いていたらしい。菓子折りを持って、スーツ姿で向かった青山は、頭を下げて、由香と付き合わせてほしい、そして、見合いはさせないでほしい、と頼み込んだ。
「何をいきなり言い出すのか……」
困惑した両親に話を聞くと、ただ寂しいから帰ってきてほしかっただけだという。由香が青山を追い返そうとするのをなんとか踏みとどまって、両親からは付き合うことに許可はもらってきた。
「自分、三男なので、別にどうしたってうちの親はあれこれ言いませんし、これから、がっちり通って、大澤さんを口説き落とします」
「あ……。そう。それは、……なんていうか、応援するよ」
だんだん、話を聞いているうちに、口元が緩んできて、笑い出しそうになる。なんという風に人と人は動いていくのだろう。先輩である前島を時には、本気で脅してまで青山は動いたらしい。
「異動、前島さんだったのを僕が奪ったので、その分も合わせて、死ぬ気で落とします」
大澤の住所を調べて、青山をそこに向かわせて、三沢への異動を青山になる様に、あちこちに頼み込んだ。前島もよほど反省したのだろう。
にやっと口元を緩めた大祐が前島に向かって拳を差し出す。
「考えなしの馬鹿だと思ってたけど、やるな、お前」
「馬鹿だけどさぁ。やるときゃやるんだよ。俺も」
青山を挟んで拳をぶつけ合った二人の間で、自分も馬鹿みたいだと言われそうだけど、と青山は言う。
守りたい人を守れるような、大祐のような男になりたいといわれると、気恥ずかしいやらで何も言えなくなる。
―― 俺なんか、まだまだだよ
それでも歩き出すのは自分だけではないと知って、大祐は妙に嬉しかった。
頑張れよ、と繰り返す。異動した先でも仕事は、生半可なことではないこともよくわかっているのに、それでも青山の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「空井一尉は、僕の憧れです」
「ありがとう。俺なんか憧れてもらえるような男じゃないけど、それでもやっぱり嬉しいよ」
それから三人で下らない話をしながら、昼飯を食べた。
帰ったら、リカにこの話をしようと思った。
大祐の席の荷物のほとんどはもう片付けてしまった。官舎の部屋もほとんどの荷物は東京のリカの部屋にひとまず送ってある。二人で暮らす部屋はじっくり探そう、と言うことになって、当面、リカの部屋に居候状態だ。
ほとんどの家具や邪魔になるものは処分したり、後輩や同僚に譲ったりしたが、それでも一気に物が増えたリカは、部屋の中がテトリスだと言って笑っていた。
「ごめん。ほんとに、もっと減らせばよかったね」
「ううん。全然。大祐さんの荷物って本当に一人暮らしにしても少ない方だと思うから」
そう言っていたリカは、いい機会だからと言って、自分の洋服をかなり処分したらしい。
女性の服には流行もあって、報道時代の服はもうあまり着ないのだと言っていた。
先に異動していく、島崎三佐と最後にハンガーの前で並んで立った。
「島崎三佐。自分、この帽子をかぶって仕事ができて本当によかったです」
各基地によって、帽子も違う。松島基地の帽子にはブルーが描かれていた。
「そっか。大事に持っとけ」
「はい」
「浜松ならそう遠くないだろ?いつか、あの美人の嫁さん連れて遊びに来い」
頷いた大祐の肩を力いっぱい叩くと、じゃあな、と言って島崎は去って行った。
スーツに着替えた大祐は、ビジネスバックと制服を抱えてロッカーを閉めた。
山本たちにも挨拶を済ませてある。これから車を走らせて、東京へと向かうのだ。移動日まで顔を出すのは大祐ぐらいだと笑われたが、ついでにと東京宛の書類を持たされている。車に向かった大祐は、近づくにつれてボンネットの上に何やら乗せられていることに気づいた。
「……ばっかじゃねぇの。あいつら……」
山になっていたのは、仙台土産や、基地の売店で売っている、ふざけたせんべいに、松島、と書かれた通行手形。
ブルーインパルスのプラモデルに、もはや何が何だかわからない状態で、後部座席に制服とバックを放り込んだ大祐は一つ一つ、顔を顰めたり、にやっと笑いながら開けっ放しの後部座席へと荷物を移動させた。
すっかり物が無くなると、ようやく、運転席に座ってエンジンをかける。
3年前ここに来た時とは、大きく違う。
3年後、自分は何を思っているだろうか。
胸ポケットに入れていた携帯を取り出すと、リカに向けて、これから向かうよ、とメールを打った。
「行くか」
夕日の中で、青いスイフトが走り出した。
――― end
狐さん、眠り姫読ませて頂きました(*^^*)
結末がわかっていても、やっぱりドキドキしました~(笑)
ちょうど1年前くらいに読んだ時とは、また違った視点で作品を楽しめたと思います。
それは、自分の変化なのかしらと捉えながら…(笑)
あ~、狐さんのえがく空リカは素敵だわ~
(*ノ▽ノ)
忙しいようですが、無理せずに正座待機してますね♪
ピカケ様
ありがとうございます。1年あっという間ですね。毎日自分でもわくわくしながら書いていたなぁとか。
確かに読み直したら自分でもなんか少し変わりましたね。原点回帰でもあるし、少し変わった気もするし。
引き続き、よろしくお願いします―。