『意志あるところに道は拓ける』
いつかの鷺坂の言葉がリカの顔に笑みを引き出した。
沢山の人が集まってくれて、それだけでもう十分である。
大祐が描いた夢をたくさんの人に見せること。ほんの少しでも大祐の役に立てたら、嬉しかったのだから。
カメラを回しながら、たくさんの笑顔を納めていた間に、ひときは大きく上がった歓声に思わず空を見上げた。
バーティカルキューピッド……!
『私も。空井さんの隣で見られてよかった』
自分が口にした言葉を思い出す。あの空に浮かんだ大きなハートを見てから、言葉はなくても、少しずつ距離が縮まったはずだった。
気持ちを言葉にしなくても伝わっているとあの時は思っていたが、これで本当に終わりでいいのだろうか。
―― 私、まだ、本当の気持ちを伝えられてない
空井の言葉は受け取った。なのに、リカは自分の言葉で、一度も気持ちを伝えられていない。
そう思った瞬間、リカはカメラを大津に渡して、走り出していた。
今ならまだ伝えられる。
一方的な言葉でもなく、自分の口で、言葉で、大祐に伝えたいから。
普段そんなに走ることなどない。
心臓が破れるかと思った。それでも、ひりつくような喉の痛みも、今だけ持てばいいと思った。
全力で走り続けている目の前に、走り込んできた制服姿が見えた。
「っ……!」
ぱっと、リカの顔をみた大祐の顔がはっきりと明るくなったのを見て、ぎゅっと胸が締め付けられる。
駆け寄って、目の前に立って、お互いに息が落ち着くまでしばらくかかった。
向き合って、なんていえばいいのかわからなくて、あの、と口を開きかけたリカを制して、大祐が先に口を開いた。
「い、稲葉リカさん!じ、自分!……僕はっ、稲葉さんのこと、幸せにできるかわからないけど……っ」
もう一度、出会ってください。
もう一度、僕と……。
続きを一瞬、大祐が迷ったところにリカが力いっぱい叫んだ。
「私の幸せは!……私が決めます!」
空井さんの隣にいることも。
誰の幸せを願って生きていくのかも。
頭の中が真っ白になって、頭に浮かんだのはリカらしい、という言葉である。
精一杯の言葉に、くしゃくしゃに顔を歪ませた大祐が何度も頷いた。
「はいっ!」
駆け寄って、リカを全力で抱きしめると、同じくらいぎゅっと抱きついてくれる。
抱きしめるだけじゃとても足りない気がして、大祐はリカをそのまま抱き上げてぐるぐるとまわった。
「きゃぁっ……!」
「やったぁっ!」
ぐるっと回ったあと、そっとリカをおろした後も、嬉しくて、ゆらゆらと抱きしめたままでいると、とんとん、と肩の辺りを小さく叩かれた気がした。
―― 大好き……
耳元で聞こえた小さな声に、大祐は胸がいっぱいになった。ぎゅっと目を瞑ってから、ぎこちなく腕を解く。リカは、見上げた大祐の目尻に涙が浮かんでいるのをみてつい、笑ってしまった。
沢山、泣き顔を見た気がするのに、やっぱりそれが大祐らしいと思ってしまう。
二人で笑いあった後、白煙をたなびかせて通過していく音に揃って空を見上げる。どちらからともなく手を握った。
「……稲葉さん。たくさん、いろんなことがあるかもしれないけど、困ったら立ち止って何度でも一緒に」
「……はい。一緒に」
もう一度、手を繋いで同じ空を飛ぼう。
どれだけ迷っても、どれだけ離れても、何度でも二人には立ち返る場所がある。
冷たい水の底から抜け出して、あの青い空の向こうへ。
—end