一旦、局に帰った後、身軽になったリカはりん串に顔を見せた。
「こんばんは。遅れまして……」
いつもよりは早く局を出たはずだが、定刻に上がった彼らよりは遅くなるのも仕方がない。遅れて顔を見せたリカを広報室メンバーはすでに一杯ひっかけた様子で出迎えた。
「稲ぴょん!来たね。さ、こっちこっち」
手招きした鷺坂に頷いて、座敷に上がったリカを空井が隣を空けた。すぐ鷺坂が手でいいよ、と促したために、足を止めたリカはそのまま空井の隣に腰を下ろす。
「稲葉さん、ビールでいいですか?」
「ええ。ありがとうございます」
バッグを置いたリカは包んできた飲み代を空井にそっと差し出した。会費は聞いていたからいつもの通り用意してきたのだ。
「すみません。お気遣いいただいて」
「いえいえ。こちらこそ。お誘いいただきまして」
ちょいちょい、とそのついでにリカの袖を密かに引いた空井がわずかに近づく。
「稲葉さん」
「はい?」
「今日はちょっと皆、ペースが速いみたいなので……、気をつけてくださいね」
ああ、と頷いたリカも皆を見回して小さく応えた。いつも広報室飲み会でいじられる側に立つことが多い二人だけに気をつけるに越したことはない。
少し身構えながら運ばれてきたビールに手を伸ばしているうちに、にぎやかな話題に少しずつ気が緩んできた頃、トラになった柚木が大きな声でリカを呼んだ。
「稲葉ーっ」
「柚木さん、声大きいからもう……」
小さくこぼしたつもりだったが、リカもそれなりに酔いが回って大きな声である。
「稲葉ー、空井っ!お前ら、昼間のバツゲームだっ」
「もー、柚木さん。本当にやるんですか?」
「やるんだよっ」
酔っ払いのおっさんと化した柚木の掛け声でにやにやと調子に乗った片山が携帯を構えた。
お題は変顔である。携帯に向かって変顔で詫びを入れてどちらが我慢できるかというくだらないお遊びだ。
片山が笑わせようと携帯を構えている上で変顔をみせる。
「……片山さん!ちゃんととってくださいよっ」
タコのように口を尖らせたリカが寄り目でシャッターを待つ。
精一杯ふざけた顔に笑わせようとしていた片山のほうが笑い出しそうになる。シャッターを切ろうとした片山の携帯を空井の手がさえぎった。
「あああああの!!もう、はい!」
「何だよ、空井~。邪魔したってお前」
「もう、もう!はい!!すいません!!」
顔を伏せて大声を出した大祐がビールジョッキを握る。
「柚木さん!これ、自分が一気飲みするんで勘弁してください!」
そう叫んで自分の分を一気飲みした後、目の前にあるリカのジョッキも一気に飲み干す。
「あ。それ……」
私の、といいかけたリカだけでなく回りも呆気にとられている間に回りにおいてあった酒も次から次へと一気に飲み干して、その場にばたりと転がった。
「えっ、空井さん?!」
「あ~、なんだよ。空井~」
「稲葉さん、大丈夫ですから少し放っておいてあげてください」
片山と比嘉にそういわれても、ぐったりと倒れこんだ空井が気になって仕方ない。店からおしぼりと冷たい水をもらって、様子を見ている間に、酔っ払いの柚木はすっかり興味をなくして槇にからんでいた。
片山と比嘉も石橋とネットの話題で盛り上がっている。酔っ払って寝込んだものの扱いなどそんなものだ。
そのうち、リカも話題に混じっているうちに、のそっと動いた空井が、トイレにたった。
「……空井さん、大丈夫ですかね」
「大丈夫です。きっと、稲葉さんをかばったんでしょうね」
空井が席を立ったために、隣に座った比嘉がリカに酒を薦める。グラスにワインを注がれて、冷たさを味わうようにぺろりと舐めた。
「かばったって、空井さん。面倒見いいですよね」
「そういうことじゃないんだな」
ふふっと笑った比嘉が訳知り顔でリカに笑った。
「稲葉さん。帰るとき、空井二尉を駅まで送ってもらえます?女性にお願いするのは申し訳ないんですけど、ほら、僕らだと片山一尉がいますから」
「ああ……。わかりました」
片山なら酔っ払った空井を振り回して放り出しそうな気もする。
ワインのほかにウーロン茶を頼んだリカは、少しでも酔いを醒まそうとトイレにたった。
トイレから出てきたところで、壁に寄りかかっている空井にぶつかりそうになる。
「わっ。空井さん?大丈夫ですか?」
「ええ。もうだいぶ。さっきはすみませんでした」
「いえいえ。空井さん、無茶しすぎですよ」
頭に手を当てた空井が深く息を吐きながらリカに苦笑いしてみせる。
行きましょう、と一緒に席に戻ると、すでに比嘉が変わりに会計を始めていた。
「稲ぴょん。大丈夫?」
「はい。空井さんも」
大祐がその後ろから頭を下げて戻る。
思いのほか背筋が伸びていて、さっきまで酔っ払って眠っていた人には見えなかった。
「大丈夫ですか。空井二尉」
「はい。ご迷惑おかけしました」
「出る前にお水をどうぞ」
リカも空井も揃ってノンアルコールを口にする。店を出る前にと、飲んでいる間に、入れ替わりでトイレに立つ。
「空井二尉、稲葉さんを駅まで送ってあげてくださいね」
「はいっ」
リカには空井に見えないように合図を送った比嘉は、鷺坂たちと一緒に先に店を出て行く。
グラスをあけた空井とリカも、鞄を手にして店を出る。
飲み会にありがちな、だらりと駅に向かう流れにくっついて最後尾を歩いていく。
「稲葉さん。さっきのあれ、口笛でも吹こうとしたんですか?」
「え?」
唐突な話にリカが目を丸くする。目元がまだほんのりと赤い大祐がゆっくりと歩幅をあわせて隣で笑った。
「変顔」
「ああ!そっか。そうも見えますね。口笛かぁ」
今度は、きゅっと口元だけを尖らせたリカがこんな感じ、と言うと少しだけ目を見開いた大祐は目を逸らした。
「でも、私、口笛駄目なんですよ。音がちゃんとでないの」
すーっと息を吐く音が耳の傍で聞こえるが、確かに口笛にはなっていない。何ででないんだろう、といって、唇を舐めたリカが繰り返し唇を尖らせる。
ついついその横顔を見てしまった大祐は、リカの腕を思わず掴んだ。
「稲葉さん!」
「はい?」
きょとん、としたリカに、大祐がぐっと奥歯を噛み締めた。
「あの。男の前でそういう顔しちゃ駄目です」
「……え?」
「いいですね?」
「あ、はい」
勢いに押されたリカが頷くとそのまま腕をつかまれたままで歩き出した。
尖らせた唇。
―― キス……しそうになった
まさかそんなことはないとわかりきっているのに、思わずその唇に吸い寄せられそうになった。
それまでも、泣いた姿や、一生懸命な姿。それに、煽られてすねたりする姿にかわいいな、と思うことはあったが、あの唇を見たとき、本当に息が止まるかと思った。
何か変だったかなぁと首をひねるリカに、何度も駄目です、と繰り返す。
トータルでもどのくらいだろうか。はっきりとした自覚は、腹に落ちる前に大祐を動揺させる。
―― うわぁ……
可愛い、から、キスしたい、になる時間。
—end
わー、空井さんえろいなー。ちゅーしたいからはいるのか、とおもってしまった。